第10話 魔王様、意図せずに勇者になる。


 魔王に鼻の骨を折られた無法者の男は、地面で転げまわりながら自分の鼻を抑えながら呻いた。


「くそ、鼻がっ! こんなことしてタダで済むと思うのか!?」


 地面でのたうつ男の主張や脅しを無視して魔王は男の胸ぐらをつかんで引き寄せる。


「いや? だが、ならば迫って来るものを殴り飛ばせば……問題は解決する」


 魔族的思考の下で魔王は持論を続ける。


「確かに魔族は『自由に生きる。力での略奪』を良しとしている。しかしそれには責任が伴うだろう。つまり、自身も奪われる側に成りえる覚悟があるからこそ魔族の考えに賛同したんだろう? まさか、ただの方便で語ったのではないだろうな」


 姿こそ、魔族のそれではなくとも、無法者の男は自身の目の前に居るその存在に少なからず気付くだろう。

 目の前のそれは、とても、人が相対して良いものではないと。

 それが突然大きな口を開けて、自分の顔を喰い毟るイメージが浮かび、男は悲鳴を上げる。もちろん男の勝手なイメージなので魔王は噛みついてはいないが。

 突然の悲鳴に魔王は驚いて男の胸ぐらから手を放した。男は這いずりながら魔王から離れようとしたので、魔王はその背中に呼び掛ける。


「あ、おい。馬を貸すなり返すなりしてくれないか。馬が必要なんだが……おい聞け!」


 しかし逃げる男は聞く耳を持たない。男は何とか立ち上がり、這う這うの体で走り出す。が、走り出した直後に何者かに殴られて地面に沈んだ。

 見れば、先ほど一つ目巨人サイクロプスと共に略奪に勤しんでいた連中が現れ、その中のひときわ大柄な男が、逃げ出した者を殴り飛ばしていた。そして魔王に向き合う。


「おいあんた、うちのが世話になったな。で、馬が欲しいんだって? うちで飼ってるのがあるぞ。まあ、この村から盗った物だがけどな」

「馬車で今日中に移動する必要がある」

「じゃあ代わりに俺の部下に成れ。それで許そうじゃないか」


 魔王が、人族のチンピラの部下に……は流石にちょっと。


「いや、それは無理だ」

「そうか」


 大柄な男は外套の中からクロスボウを取り出して魔王に向かって撃った。放たれた矢は魔王の傍で劫火と閃光を伴って爆発する。その様に無法者たちが笑い声をあげる。


「魔族の教義が何だとか言ってたが、知ったこっちゃねえ。人族は人族で、力による奪い合いが続いてるんだよ、って死んじまったら聞こえてねぇか」


 が、魔王には傷一つ負わせられなかった。


「煙い」


 魔王の被っていたフードが焼け落ち、爆炎の中から二本の天を衝く角を持つ者が現れる。紅玉色の髪の毛を掃い、大柄の男の元へ近づいて行く。

 爆発の中から無傷で平然と歩いてくる様に無法者たちから笑いが消えた。

 大柄な男は腰に下げた剣を引き抜こうとするが、それより早く魔王は距離を詰め、上段回し蹴りが男の顎に叩きこまれる。男はふらふらと地面に突っ伏した。

 魔王は大柄な男を見下ろしながら、改めて本来の目的を告げる。


「馬車に乗りたい。馬が必要だ。貸すなり返すなりしてくれ」


 大柄な男はなんとか魔王を見上げ、交戦の意思をしめそうとしたが、その火はすぐに吹き消された。

 目の前に居る小柄な、ある種魔族を思わせる角と耳を持つ者は自分を見下ろしてからだ。その様に周囲の無法者たちは距離を取って離れていく。


 ちなみに、魔王としては軽い運動にもならないレベルであり、殺さずにおいたのだし、まだ交渉できるだろう、とか考えている。ついでに、交渉するなら笑顔の方が良いよな、という意味での笑顔であり、決して脅しで微笑んでいるわけではないのだが……

 魔王が男の反応を待っていると、そこへ唐突に巨大な鉄槌が振り下ろされる。

 見れば、サイクロプスが大柄な男もろともに魔王を叩き潰そうしていた。大柄な男は未だ脳が揺れて立てないが、おそらくは彼を助けようとしてサイクロプスは参戦したのだろう。滅多矢鱈めったやたらに鉄槌を振り下ろし、その相手がまさか魔族の王などとは考えもせずに殴打した。結果、大柄な男は巻き込まれて死んでいるが、サイクロプスはそれにも気付かずに殴打を繰り返す。

 だが、倒れたのは魔王ではなくサイクロプスの方だった。魔王が放った拳は、魔力が乗せられ、それ故に物理現象を無視し、リーチの差など軽々と超えてサイクロプスの腹に大穴を穿った。サイクロプスの持っていた鉄槌が、サイクロプスの巨体が、それぞれ大きな音を立てて地響きと共に転がる。

 その様をつぶさに見ていた者たちは、現実を受け入れるのに時間を必要とした。


 当の魔王はというと。


「(しまった。やり過ぎた)」


 つい、サイクロプスの連打にイラついたから、と言えばそうなのだが、魔王にはもう一つ浮かんでいる感覚があった。


「(だが、暴力は良いな。ストレス発散にはなった気がする。少し落ち着いた)」


 腐っても魔族であるが故に、力を振るうのは楽しい物らしい。

 が、同時に冷静さも帰って来る。


「(しかし、こうなると事態がこじれて、馬どころではなくなってしまうのではないか)」


 と思っていたところで、無法者たちが先に動いた。悲鳴を上げて一斉に逃げ出したのだ。

 続いてそれを見ていた村人たちがどこからともなくわらわらと出てくる。そして口々に魔王へ感謝の言葉を口にする。


「ありがとう、ありがとう! あんたは、この村にとってのだ!」


 その一言に、魔王の眉間に深いしわが入った。

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