第9話 魔王様、魔王城ふもとの村へ行く。


 リオワ村は、魔王城にもっと近い位置にある人族の村である。

 元は20人に満たない住人しか居ない老人ばかりの滅びを待つ村であったが、魔族との争いで名をあげ財を成そうとする者や人族の王国の騎士などが詰めかけ、リオワ村生まれではない者が多く住み着き賑わいを取り戻した村である。

 とはいえ、まともな賑わいではないのだが。


 魔王は姿を偽り、その上から人族には無い獣耳と角が同時に生えている状態を隠すためにフードを被ってリオワ村までやって来た。魔族ばかりが居る土地であるにも関わらず、リオワ村にはどういう訳か神聖なる加護バーバリアン・キャンセラーは存在せず、魔族であっても訳なく入ることができた。


「(あるいは、魔族が普通に出入りしているのだろうか? いやまさか)」


 などと思った魔王の眼前で、その考えが肯定される。

 人族の民家から出てきたのは、身長が3mを越える単眼の巨人というどう見ても魔族、一つ目巨人サイクロプスだ。しかもどういうことか、その足元には人族の兵士を連れ添っている。

 サイクロプスも人族の兵士もみすぼらしくて汚らしい外見をしており、非常にわかりやすい無法者感が出ている。

 実際そうなのであろう、彼らの腕には食糧や金貨の袋などが抱えられており、民家から追いすがるように出てきた老人が、略奪品を返してくれるように嘆願する声が聞こえる。

 ここで正義の味方であれば颯爽と助けに入るのだろうが……魔王は正義の味方ではない。


「(なるほど。ここは魔族が実効支配する村になっているのか)」


 そもそも、魔族とは「自分勝手に生きる者」であることがほとんどだ。力ある者が力によって他者の上に立ち、奪い、浚い、圧し、生を謳歌するのを矜持とする。それが故に、弱き者を助け合い支え合い協力し合う人族とは相いれないのだが。

 当然のように魔王は一連のサイクロプスと無法者たちを無視して、リオワ村の中の目的地、馬車の発着場へ急ぐ。


 発着場はすぐに見つかった。が、他に馬車を待つ者は居らず、馬車が来る気配もない。

 当てが外れた魔王は発着場傍の馬小屋で煙草を吹かす老人に話しかける。


「もし、ご老体。馬車はいつ来るのか、知らないだろうか?」


 老人は煙をくゆらせながら、ゆっくりとした動きで魔王を見る。その愁いを帯びた目で、じっと魔王を見た後、これまたゆっくりと口を開いた。


「馬車は来ねぇよ」

「来ない? 何故?」

「あんたどこから来たんだ? 村がこんなじゃ、よそ者は来たがらねぇのが普通だよ……あんたみたいなもの好きは少ない方だよ」

「ああ、そういうことか」


 魔王は、いや、魔族は、他者から略奪する様などよく見知った光景である。逆に人族の社会での秩序布かれた状態は彼らにとっては静かすぎるのだが、魔族の価値観からすると「略奪されたなら奪い返すか、あるいはもっと稼げばいい」という感覚であり、むしろ奪われたなら猶更稼ぐ必要があるのではないか、とさえ思う。

 老人はため息と共に煙を吐き出す。


「魔王の城があんな場所に現れてから、この村から若い衆が消えた。戦いに行ったっきり帰ってこなくなった。次に女子供が消えた。攫われたんだ。魔族に、無法者共に。残ったのは、魔族に汚されたさびれた村。だけども、それすらも……今は魔族と無法者たちが持って行っちまう……だから、誰もこの村に寄り付かない。馬車も来ない」


 魔王は後頭部を掻いた。まさか人族がそこまで貧弱とは思っていなかった。てっきり交通インフラぐらいはあるだろうと思っていたからだ。

 しかし現実は、魔族が自分の邪魔をする形になっている。問題の魔族をぶちのめしてもいいかもしれないが、人族の社会とは争いごとはご法度である、というのが魔王のイメージだ。人族同士で争っていないのだろうし、人族に紛れるならそれに従うべきだ、などと魔王は思った。

 どうしたものか、と魔王は考え込んだ。ふと、視線の先に馬が繋がれていない馬車が馬小屋の傍にあることを見つけ、老人にそのことに関して訪ねる。


「おい、あの馬車は?」

「使えなくはないかもしれないが……馬は全部取られちまってるし、なによりリオワ村から来た馬車なんて、魔族が乗ってるかもと受け入れてもらえる村なんざねぇよ。だから放って置いてる」

「引くための馬がない、か」


 もたもたしている時間は魔王には無いがどうにも身動きが取れない。何か馬のような物に、魔族に引かせたりしても良いかもしれないが、道中はともかく、人族の関所を越えるために人族の馬車に紛れ込みたかったのだ。魔族に引かせては元も子もない。

 さてどうしたものか、と悩んでいる魔王の元へ、見知らぬ男が声をかけてくる。


「おい、お前、よそ者だな? 通行料は有るんだろうな?」


 見れば、これまた薄汚れた姿をした、ずばり無法者という姿の男だ。

 少々千鳥足のようで、日も高い間から酒に酔っているらしい。

 魔王は男のいる方向から流れてくる様々な匂いが混ざった悪臭に顔をしかめながら質問する。


「通行料? とはなんだ? 金が必要なのか?」


 魔王の問いかけに、男は下卑た笑みを浮かべる。


「おう、このリオワ村は俺たちの縄張りだ。通るなら金が要る。入るのに金が、滞在するのに金が、出るのに金が要る。痛い目に会いたくなけりゃ金を出せ!」

「なるほど、分かりやすい」


 魔王は、この男とまともに話をするのが面倒くさいということが分かった。

 なので、素直に金を出せば、馬車でも何でも何とかなるだろうと甘い目論見をしていると、魔王として聞き捨てならない言葉が男の口から出てくる。


「俺たちは魔族の考えに賛同しているんだ。『自由に生きろ』ってな」


 魔王が自分の懐をまさぐる手を止めて問いかける。


「お前は人族だろう? 魔族の考えに何故同調する?」


 男は笑い出し、そして高らかに持論を述べ始める。


「『自由に生きるために他者から奪え! 力こそが権力!』最高じゃねぇか! 金がある奴を襲って奪うなんざ、人族じゃ認めてくれねぇからな。だが魔族は違う。奪って良し! 自分勝手に生きるために奪え!」

「そうだな」


 魔王は地面を蹴って走り込み、無法者の男の顔に飛び蹴りを入れる。男は回転して地面に突っ伏した。

 顔を抑えながら、すっかり酔いも覚めた様子の無法者が、体を起こしながら喚いた。


「何しやがる! いてえじゃねぇか!」


 魔王は無法者の顔に拳を叩き込みながら言う。


「いや、人族はそういう争いは駄目なのだと思ったが……さっきお前が言ったろう? 『自分のために他者から奪え』と……その考えに賛成だ」

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