第8話 魔王様、決められない。


 魔王が思いついた方法とは、ずばり人族に紛れて移動することであった。


「(決して姿も知らぬ彼に感化されたのではない。決して違う)」


 リプライリングの通信相手に感化され、人族の間に紛れ込む形をちょっと真似てみたいと思ったのもある。

 だがそれ以上に、ゼセン村へ進むには人族の関所を越えるのが一番早いから、というのもある。もちろん、飛んだり掘ったり目立つ方法の方が早いが。


 魔王は古文書をいくつか読み解き、太古の亡霊エルダー・リッチすら知らないであろう魔術を紐解いていく。ほぼ知らない魔術であったが、そこは魔王。そのぐらいは訳もない。

 そうして読み解いた魔術を用いて、あっさりと人族に化けようと……したのだが。


「(待てよ? 人族の……どれに化ければ良いのだ?)」


 魔族が多種多様であるように、人族も多種多様な種族である。

 大まかに、人間ヒューマン森人エルフ岩人ドワーフを始め、その種類は十種ほどになるだろうか? 百種を超える魔族と比べれば確かに少ないが、それでも多い。

 また、ドワーフとエルフの身長や体格に代表されるが、人族は種族ごとに全く別の物だ。狼人ライカン牛人ウィークスのように、獣の耳や獣の角を持つ者も居る。しかしまずは、無難に一番多い種族であるヒューマンに化けるべきかと考え自分の姿にヒューマンの姿を幻術で重ねてみる。

 魔術で作り出した鏡には、人畜無害そうな髭で中肉中背の髪の毛の短いヒューマンが映し出される。

 しかし、魔王は首をひねり、悩む。


「(いや、しかし、本当に良いのか? これでいいのか? もっとこう、強そうな見た目にした方が良くないか? こんな虚弱そうで良いのか?)」


 試しに、ドワーフの幻術も重ねてみる。

 ずんぐりとした手足に長い紅玉色の髭にだんご鼻。少し荒事にも対処できそうな筋骨隆々具合……なのだろうか? ドワーフの平均はどこなのか。

 魔王は首を振り、今度はエルフを、しかし決まらずに次はノームを、いやいやここは小人ライラバに、ああヒューマンで外見をもっと……

 この時、魔王は知らなかったのだが、鬱にかかると物事を決めるのにものすごく時間がかかってしまうのだ。決断が、できなくなる。


「(いかん。決まらん……)」


 魔王は頭を抱えた。

 中途半端な姿では迷惑がかかるだろうし、そもそも目立たない姿とは一体何なのだ、などと思考回路が問答に入りつつあることに魔王自身も気づいた。

 魔王は頭を振り、自分に気合を入れる。


「(ええい、決めねばならんのだ! 待たせているのだから!)」




 そうして、魔王は、ヒューマンにしては背が高く、エルフにしては筋肉質で、ドワーフにしては手足が長すぎる、どの種族か判断付きにくい微妙な姿を幻術で自分に投影した。

 ドワーフを思わせる紅玉色の体毛は空気に触れると煌びやかに輝き、エルフのように整った顔立ちだが、真っ白か真っ黒かの二択の肌色のエルフよりも、ヒューマンの健康的な肌色に近い色をしている。


「(なんだか、適当な造りになった気がする。いやでも、人族ってこんな……だったか? 自信がない。もう一度作り直して、いや、時間がない)」


 魔王はその姿をイメージしながら古文書にある術を行使し、自身の肉体をも変化させる。

 しかしここで魔王のイメージに別の要素が混じる。


「(あ、待てよ? このままだとライラバやライカンといった要素がないのでは?)」


 その邪念は、自身を変化させる術に如実に反映された。

 ドワーフのような紅玉色の髪に、ヒューマンのような健康的な肌色、しかし背丈はライラバやドワーフにしては大きいが、ヒューマンにしてもエルフにしても小さい。顔立ちはエルフの如く整っているが、頭上には狼を思わせる耳にミノタウロスが如き立派な角が一対。

 もはやなんだか分からない。こういう魔族だと言われても納得しそうな気すらする。


「や、やってしまった……」


 すぐに魔王は術が書かれていた古文書を開く。妙に小難しい言い回しをかみ砕くと以下のようなことが書かれている。「この術は一日は解けないから失敗に気をつけろ」……最初に書いてくれ。



 仕方がないので魔王は、謎族の姿のまま魔王の寝室から飛び出し、魔王城から一番近い人族の村、リオワ村を目指す。


 なお、余談だが、魔王城の者はみなそれが魔王であると黙ってみて見ぬふりをして「魔王がお忍びで魔王城を離れたということは、きっと大事の前触れ」と噂にし始めた結果、事態がこじれるのだが……それはもう少し先のお話。


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