第5話 魔王様、確信する。


 このリプライリングの通信相手、今と言った。つまり、魔族と戦う立場にある者であると、魔王は聞き逃さなかった。


「(そうか、魔王ともあろうものが、リプライリングの通信相手が人族である可能性を失念していたとは……)」


 そして、ある一つの結論にたどり着いた。


「いや、結構……」

『え?』


 リプライリングの通信相手……それは。


「(この通信相手、成り代わり種族チェンジリングだな。おそらくは、藍色影ルサルカか、いや、種族的に強そうなことを言っていたから影喰らいザーケラの方だろう。つまり……プロなのだ!)」


 魔王の心は、賞賛で満ちていた。

 そして同時に、「もしかして人族と通信してるのでは」などという考えの傍を通り過ぎたのだ。

 ルサルカもザーケラも、人族の間に潜り込み活動する種族である。通称でチェンジリングと呼ばれる彼らは人族などに化ける力を持つ。その力で人族の融和を乱し、疑心暗鬼を呼び、密偵と工作員の二つの働きをするエリート種族である。ルサルカの場合は女性が多く腕力は弱いが、ザーケラはオーガの近縁種であり、成り代わる相手を殺害することで成り代わることもあり、先ほどの「投石私刑リンチ」も不可能ではない。

 魔王の脳内で、リプライリングの通信相手の姿がマッチョで大柄の、それでいて泣き虫な小心者で、世話焼きで行動力のある、才覚あふれる生真面目なザーケラの若者のイメージが固定化された。


「(そう、こやつはリプライリングの相手が人族であることを予測し、人族の間で密偵として働くという仕事の性質から、咄嗟に人族としての立場で話しをしていたのだろう……なんという、ああ、なんという、プロ意識……)」


 そんな半ば天然な勘違いを魔王がしているなど想像もつかないリプライリングの通信相手は、先ほどの「結構」の意味を考えていた。


『あ、いえ、ゼセン村以外でも良いと思いますよ。あなたの最寄りので良いかと……それとも、その、やっぱりおせっかい過ぎ、ですか?』

「いや、そうではない。そうではないのだ……ただ、感動している」

『え?』


 魔王は努めて、感動を押し殺し、仕事に忠実な密偵(だと思っている)相手に敬意を払う。

 ここで「私も魔族なんです」だの「私は魔王だ」だとかいう類の発言をすればすれ違いは終了するのだが、魔王は「潜入任務中かもしれない。邪魔をするべきではない」としか浮かんでいない。


「あ、いえ、こちらこそ、失礼いたしました。で、えーっと、重ねて失礼ながら、何の話でしたか」

『あ、ああ、その、一度神殿で診てもらうべきなのでは、って話、だったんですけど』


 そうして勘違いは加速したのだ。


「そうか。そういうことか。うん……いや、流石だ」

『……あ、あの?』

「いえ、ならばこちらもそちらに合わせましょう!」

『何が!? え、何をですか!?』


 この時、勇者は勇者で、自分が勇者であるとバレ始めたのではないかと戦々恐々としていたが、それはもちろん魔王の知るところではない。

 きっとこの才能豊かな若者の言うことだ。本来人族の傍では言えない何かがあるのだろう。そうとなれば近くへ行くべきだ、と魔王は思う。


「わかりました。では、神殿に行って診てもらうというのを、やってみたいと思います。今まで経験が無いことではありますが」

『今まで神殿で診てもらった経験が無い、のですか? それは……すごいですね』

「神殿など儀式を行うところだと思っていましたから」

『儀式を行う側の方だったんですか!? あ、いえ、それはその……』


 魔王はリプライリングを持っていない方の手で、人族に化けるための魔術の書かれた古文書を探し始める。

 不真面目で自己中心的な者が多い魔族において、このプロ意識と才覚溢れる若者は貴重だ。そんな彼の悩みも解消しつつ、戦線を視察し、あわよくば私刑リンチを行った奴を特定する。そのためにどう動くべきか、などと魔王は脳内でシミュレートをする。

 が、そこに水をかけられる。


『あの、やっぱり、案内は止めておこうかと思います。すみません』

「え?」


 魔王の古文書を探す手が止まる。


「いや、なぜですか? 何か、私の言動が失礼に……」


 ふと思い出される、先ほどの怒りをぶつけてしまった事。


「も、申し訳ない。私の無礼を詫びさせてほしい」

『いえ、いいえ! そうじゃないんです。ただその……あの……』


 リプライリングの相手は言い淀む。


『少しの間ですが、喋れて良かったです。失礼します!』

「いや、待て。待ってくれ!」


 リプライリングは、突如、沈黙した。

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