第4話 魔王様、冷や汗をかく。


 もしや、鬱なのではないか、と、顔も知らぬ相手に諭された、寝不足にして理解力が低下し味覚もマヒしている状態の魔族の支配者である魔王。

 端から見てもそれは鬱なのだが、当人の頭に浮かんだのは全く反対の意見であった。


「(いや、鬱ってもっと辛い奴なのでは?)」


 そもそも、星の数ほど居る有象無象の魔族を統べる絶対君主が鬱にかかっているとは何事なのか。


『今、鬱はもっと辛いとか大変なものだから自分のは違う、とか考えてませんか?』


 リプライリングからズバリその通りの言葉が飛んで来て魔王は少し動揺する。

 続けて、リプライリングの通信相手は告げる。


『実はその、僕も鬱だと言われたことがありまして……だから、ちょっとなら解るんです』


 勇者は、他者よりも人生のスタートラインが高いところからスタートし、その後も他の追随を許さぬ成長速度と才能に恵まれた人格者が自然となるものである。問題があるとすれば、性格の善性が、すなわち責任感が強くなければ成れないにもかかわらず、その課題はいつでも超えるには余りある壁ばかりであることである。

 そして勇者として認知されれば、大衆は彼に期待する。それは勇者の心と、勇者になった人間の本来のパーソナリティを勝手に、理不尽に、各々が斑模様に塗りつぶすものだ。勇者が一個人であることなど忘れて。

 それは、魔王へ魔族がかける期待と質は違えど似たようなものだ。

 意図せず、勇者もまた通信相手がどこの誰とも知らぬが故に、勇者ではなく勇者として祀り上げられた一人の人として話していたのだが……魔王の知るところではない。それどころか……


「(は? 戦線で鬱の者が居る? 私の治世下で? 私刑リンチに苦しんで精神を病んでいる者が居る!? どこだそこは……加害者を見つけ次第……)」


 魔王は己のことなど脇において、義憤に燃え始めていた。良くも悪くも、魔王と勇者はそっくりである。

 なお、余談だが、この日、魔王に寝室には臣下や従者一同、度々聞こえる怒声や魔力の発露により、恐怖のあまり近寄れる者がおらず、更には場外にまで魔王の怒りの圧が飛んでいたため、人族は「ついに魔王が本腰を入れて攻めてくる」などと噂になるのだが、それはまた今度の話である。


 リプライリングの通信相手は、苦笑いしながら魔王へ、申し訳なさそうに意見をする。


『なので、その、一度、神殿などで診てもらうのが良いと思います』

「神殿……?」


 無論ながら、勇者も勇者でリプライリングの通信相手がまさかの魔王であるなど露にも思っていないこともあり、人族としてのアドバイスを出した。

 だが、基本的に実力至上主義の魔族において、俗に言う「他者の体調や病、呪い、魂が離れかけた状態などを回復する場所」というのは存在しないのだ。何故なら、魔族の脳みそ筋肉思考では「弱気は死あるのみ」だからだ。なんだったら、魔王ほどの実力者にして権力者が他者に弱みを見せれば、毒殺や暗殺の危機をまねくことは少なくない。

 つまり、魔族に「神殿で体調を診てもらう」などという文化はない。人生ナチュラルハードモード。


 そして同時に、ここで魔王に疑問が浮かぶ。


「(神殿? 神殿で何をしてもらうんだ? 鬱と神殿とどういう関係が?)」


 魔族にとって神殿とは、地位に箔をつける儀式を行ったり、場合によっては大規模な魔術を行う祭儀場でしかない。要するに、人族にとっては邪教のダンジョンである。中にちゅうボスとかエリアボスとか言われるのが居る感じの。


 魔王は頭を捻る。ここで素直に「いやそれはどういうことか」と聞けばいいのだが、魔王の変なプライドが邪魔をする。


『あれ? えーっと、神殿で診てもらったこととか、ないですか?』

「え? あ、いや、ある。あります。あるとも!」


 咄嗟に嘘を付いた。しかしどう考えても「神殿で診てもらう」ということの意味が解らない。だが聞くのはなんだかプライドが許さない。

 そんなこととは露知らず、リプライリングの通信相手はもう一歩踏み込んだことを言い始める。


『あの、良ければ、ついて行きましょうか? 神殿の入口まで』

「ええ!? それは……」


 とても困る。一般の、何だったら他の者から虐げられているような立場の魔族の者の元に魔王が現れるなど前代未聞も良いところだ。というか両者が共に笑いものになるし現場は大混乱必至。笑い者で済めばいいが、最悪それどころではない死傷沙汰もありうる。


『なんてちょっと、ぶしつけでしたね。すみません』

「あ、ああ、はい。いえ……」


 滅茶苦茶に変な汗をかいた魔王であった。

 と同時に、疑惑はさらに深まった。いくら通信相手が自分のことを魔王だと気づいていないにしても、神殿まで同行するとはどういう状態だろうかと。

 魔王がリプライリングの通信相手に対して疑惑を深める中、勇者は決定的な一言を口にした。


『でも、本当に頼ってくれて大丈夫ですよ。今僕は、の最前線の村の……えーっと、何て名前だったか、そう、ゼセン村に居ますが、いざとなればどこへでも駆けつけますから』


 その一言を、魔王は聞き逃さなかった。

 今、魔族との戦い、と言った? 


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