第3話 魔王様、キレる。


 魔王は困っていた。

 確かに、自身の愚痴を聞いてもらおうと思ってリプライリングの相手を呼び止めたのだが、だからといってどこの誰とも解らぬ相手に自分の悩みを、愚痴をどこまで話して良いものか。最悪、自分が魔王だとバレてしまいかねないのは避けたいと考えていた。


『あ、いえ、無理に言えというわけでもないんです。言いたくないことは言わない方が良いでしょうし』

「ん、いや……まあ」


 悩んだ末に魔王の口から出たのは、ただの現状報告であった。


「最近、寝つきが悪くて。その癖に朝になると眠くなって」

『ああ、それは辛いですね。寝るべき時に寝れないのに、寝たいときには寝てはいけない。僕も経験があります』

「あとはまあ、人の話や文章がうまく頭に入らないとか……」


 少しのことでイラっとしやすくなったとか、妙に疲れやすいとか……すべてを言う必要はないだろうと魔王は思った。

 魔王の頭の中では既に、私刑リンチの危機に瀕している魔族の相談に乗っているお仕事モードになっており、あくまで話を聞きだすための話題でしかない。自身のことは脇に置いておいて良い。そう、自分のことなど後にするべきだ。気まずいし、恥ずかしい。

 リプライリングの通信相手はそんなこととは露知らず、真剣に相談に乗ろうとしている。


『もしかして、料理の味がしなかったりとかしませんか?』

「いや、そういう事はないですよ。私のことはどうでもいいんです。私のことより、あなたが居る場所の話を……」

『どうでもよくはないです!』


 突如、リプライリングから語気を強めた言葉が飛んでくる。


『あなたは僕の話を聞いてくれたじゃないですか。だから、その分は僕も返したいんです。力にならせてほしいんです』

「いや……その……」


 勇者たるもの、差し伸べられる限り手を差し伸べようとしてしまうものであり、まして自分と少しでも関係がある人が苦しんでいるのなら、それは彼にとってはのっぴきならない事態である。たった一人のために世界すら敵に回すのが、勇者の素質なのだから。


 この勇者の勇者故の勇者らしい言動は、魔王に確かに届いた。だが、魔王の頭に浮かんだのは感謝などではない。


「(めんどうくさい)」


 何故、知り合ってほんの少しの相手に世話を焼かれなければならないのか。そりゃ愚痴を話し合おウとは言ったガ、自分ノ問題は自分ノ問題ダ。こレは寝不足カ何かナのダガら大シタ問題でハなイ。まダ大丈夫ナノだカラ。

 魔王は頭に浮かんだモヤを振り払いながら、努めて平静さを装って言葉を選ぶ。


「私の話は、大丈夫ですよ。他の人の悩みなど聞いてる間に、薄れたりするものです。ええ、私はまだ大丈夫」

『大丈夫な人はんですよ』

「それは……」


 それはそうかもしれない。などと浮かんだ考えを魔王は振り払う。

 更にリプライリングの通信相手は続ける。


『夜に眠いのに寝れない。それなのに起きるべき時間に成ったら眠くなる。その時点で体は不調を訴えてるんですよ』


 魔王は徐々に面倒くささがイライラに代わって来る。


「それじゃあなにか? 私が、どこか悪いとでも? どこか不調をきたしていると? 休もうとしている! だが休めないんだ! 私は休もうとしている! そこまで言われるいわれはない!! 私は大丈夫ナンダヨ!!」


 リプライリングは沈黙している。

 魔王は我に返った。


「あ、いや、すまない。感情的になった。その、ここまで言うつもりはなくて」

『いえ、こちらこそ、出過ぎた真似をしました』


 しばし、沈黙が流れ、リプライリングの通信相手が口を開く。


『出過ぎた真似ではあるんですけど……やっぱり、おせっかいを焼きたくなるんです。それで思ったんですけど……』


 言い淀むリプライリングの相手に、魔王は発言を促す。


「いや、言ってくれ。確かに、これだけイライラしやすいのは、どこか不調なのかもしれない。不眠症はあるのだろう」

『はい……まだはっきりとは言えないんですが、あなたは……』


 そして、魔王は思っていなかった言葉を投げられる。


『もしかして、鬱ではないですか?』

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