第2話 魔王様、相談に乗る。


 繋がるとは思っていなかった通信マジックアイテムから声がして困惑したのはお互い様だったようで、リプライリングの通信相手は何とか嗚咽を飲み込もうとする。


『あ、ず、すみませ、あの。えーっと、こ、これってどう切れば……』


 何やらリプライリングからボツボツと、リングを叩いているであろう音がする。

 魔王は魔王で、通信相手が誰だか解らない以上、何やら気まずくなり魔王の方でも通信を切ろうとするのだが……。


「切り方が解らない」

『あ、はい。こちらもです』


 では仕方が無いからどこか深くに仕舞うしかないか、などと思っていると、ふとある考えが魔王に浮かんだ。

 お互いに顔も身分も解らない相手で、なんだったらもう通話が繋がることも無いかもしれないのか、と。

 ふと視線をリプライリングから引くと、そこには壊れた机に散らばった魔族からの苦情のこもった指輪たち。

 魔王は一瞬の気の迷いか、あるいは生き物としての防衛本能故か、誰だか知らない相手に提案を持ちかける。


「もしもし……?」

『え、あ、はい。なんでしょう?』

「こんな意図せぬ形ではあるのだが、いや、ありますが、もし良ければお互いに相談や愚痴など、話しませんか?」


 魔王は何故か、かしこまった言い方に言い直した。何とはなしに自身の身分を隠しておきたいと感じたからだ。それは魔王が勇者への無意識の警戒心の結果なのか、あるいは疲れ切った魔王が自分の役割を脇に置いた相談をしたかったからかもしれない。


『え……ええ?』


 リプライリングの相手からは困惑の声があがる。

 それはそうだ。何を咄嗟に馬鹿な提案をしているんだ。

 などと思っている魔王を他所に、リプライリングの相手は答える。


『そうですね……もしかして、お互いに自分の立場上愚痴を言えないとか、あなたもそういう感じですか?』

「ん、ああ、はい。そうですね」


 自分の敬語にむず痒くなり魔王は苦笑いする。

 なんとか魔王は自分の行動に自分なりの理由を探し、これは相手の愚痴を聞くための行動なのだ、と自分に言い聞かせる。


「私はただ愚痴を言いたいだけですが、あなたは泣いていたように聞こえましたが、何かあったんですか?」

『え? ああ……そうですね』

「いえ、言いにくいなら別に良いんです。私の愚痴に付き合ってもらえれば」

『ああ、いや、せっかくですから』


 「せっかくですから」とはまた「良きに計らえ」ぐらいに便利な言葉だな、などと魔王は思った。

 リプライリングの向こうの相手はぽつりぽつりと語り始める。


『僕は幼い頃、人より少しだけ、ほんの少しだけ、才能豊かでした。ああ、嫌味に聞こえたらすみません。今は自分の無力さを噛みしめてばかりいる日々です』


 魔王はリプライリングの向こうへ相槌をうち、話の続きを促す。


『神童だなんだと持て囃されて育ちはしたものの、幼い頃は周りとの差に苦しみました。他の人より力が強く、他の人より魔力も強かったので』

「ああ、良いことなのでは?」

『まあ、大人や異性には人気がありましたが、要らない嫉妬もよく買ったものです』


 魔族の価値観では、力強きものこそ発言力を持つ、実力至上主義である。実力のある者が血筋も経歴も無視して次期族長などに就任することは常だ。そうなると、力が強いことが嫉妬を呼ぶことはよくあることであり、同時にその嫉妬は人族のそれよりもっと命に係わる危険な因子でもある。というのが魔族の常識だ。魔王としてはそれはよく解る。


「(ふむ、膂力が物を言う社会で育ったのか? ならばオーガ牛人ミノタウロスの者か? いや、魔力の強さも気にする社会構造ならば悪神デーモンもありえるか)」


 ここでもしや人族なのでは、などと魔王は露も浮かばず。


「それは難儀しましたね」

『ええまあ……あ、その、すみません』

「何を謝るのです?」

『その、大抵の場合はこういう相談をすると、呆れられたり気分を害したりしちゃうので』

「ははは、大丈夫ですよ。私も生半可に実力があるせいで苦労してきましたから、多少は解ります」


 神童自慢ぐらいでは魔王は気分を害さない。だって魔族なら魔王よりはみんな(どこかしらは)弱いから。

 リプライリングの相手は、少し落ち着きを取り戻した調子で続ける。


『昔はそれこそ神童でした。でも、村から出て、いろんなことがあって、すごい人や魔族と会って……自分の実力不足を知ったんです』

「なるほど……悔しかったんですね」


 このリプライリングの相手は、理想と現実の間に挟まれてしまったんだろう。その気持ちは魔王にはよく解る。


『悔しい、そうですね。悔しかったんです。僕は、そんな実力が無い者なのに、それでもみんなが僕に期待して、願って、それなのに応えられない自分が居る』

「それが、悔しくて……」

『はい……』


 魔王は、このリプライリングの相手のことが他人のように思えなくなってきていた。

 良くも悪くも……好き勝手に暴れ回る魔族を統べる魔王という立場は、世界のことを憂い守ろうとする勇者と似て、とても真面目だったのだ。


『ついには、守ろうとしてた側から石を投げられたり、現場指揮の人からはいじめのような扱いを受けたりしていました』

「なんだと? 石を投げられたと?」


 急に魔王の中でスイッチが入る。

 そも、人族の間で投げられる石など手の平に収まるサイズだろうが、今魔王はリプライリングの通信相手は。そんな連中が投げつける石とは、所謂だ。つまり、私刑リンチだと魔王は思ったのだ。


『え? あ! いや、いじめって言っても簡単なもので、そもそも僕がちゃんとできてればそんなことには!』

「ああ、いえ、お気になさらずに」


 この「お気になさらずに」とは「もう心配は要らない」の意味である。

 とはいえ、魔王の頭にはリプライリングの先が勇者などと言う発想は全くない。


「(後で、戦線の連中を洗って、私刑が有れば絞めよう)」


 全く関係のないトバッチリが魔族を襲う。


『あ、すみません。僕ばかり愚痴を言ってしまった』

「いやいや、何だか久々に誰かの役に立てたような気がして、こちらこそ助かりましたよ」


 元々、こういう辛いことは無いかと聞くためのコーリングリングであったはずなのに、どこでどう捻じれてしまったのか。


『あの……』


 そして、リプライリングの相手は提案する。


『僕だけ聞いてもらっては、申し訳ないです』


 勇者は、魔王に、そうとは知らずに……


『今度は、あなたの愚痴、僕で良ければ、聞かせてください』

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