第4話 試合
妖と人が互いを認識するようになっておよそ千二〇〇年が経つ。
これまでの歴史で幾度となく大きな争いを繰り広げてきた。が、その合間は無論、共存共栄の道も歩み、それは数を重ねるたびに深まっていた。
いまの和平が始まったのは五十年ほど前。
今日千彰が挑む試合も、互いの交流を深めるため、という名目で、互いの闘争本能を満たすために五十年前から始まった。
「じゃあしっかりね。あたしは応援することしかできないけど、ちゃんとタオルは投げるから安心して」
「ん。いつも助かる」
試合場へ繋がる花道で、千彰とすずめはそんな会話をしながら進む。
対する鶻業は、もう試合場に入っていて、両腕は漆黒の翼に、両膝から下は鳥類のそれに似た形状に変化している。
あれが鶻業の本来の姿だ。
「うわ、やっぱり強そう。お札足りるといいけど」
「いい。どうにかする」
「わかった。でも大丈夫? 昨日一緒にお風呂入ったんでしょ?」
「あー、まあな。でもあの姿ならやれそうだ」
「……そっか。なら、いいんだ。どっちにしてもさ、手足ぐらいならお札でくっつけられるけど、それ以上は無理だからね」
ん、と短く返してすずめの前に出る。すずめは三歩下がって続く。
歓声がふたりを包む。
観客には人も妖もほぼ同数。年齢や性別は様々だが、子供の姿はない。
試合が行われるのは石造りの舞台。形は円形で広さは体育館程度。
「おう、きたか」
にやりと口角をあげる鶻業。すずめがするりと花道から降りて試合場のふちに立つ。身長が足らず、鼻から上がぴょこんと飛び出しているようで愛らしい。
「では、御堂家主催による交流試合を執り行う。両者、礼」
千彰と鶻業が向かい合って一礼する。
ふたりが行うのはあくまで試合。なので人と妖からひとりづつ審判がつく。人の審判は御堂の家に仕える者から、妖からは観客の中から抽選で選ばれる。
先述もしたが、人と妖とでは身体能力には大きな差がある。試合とはいえ人は護符による強化を受け、身体能力を互角になるよう調整している。
千彰は抜刀し、鶻業はゆったりとからだを両翼を開く。羽根の漆黒が宵闇の、その艶めきは星空のように千彰の目に映る。
「それでは、はじめ!」
審判が掲げた右手を振り下ろすと同時に、闘技場から飛び降りる。
それを視界の片隅に捕らえながら千彰は雄叫びをあげる。
「ぁああああっ!」
大上段。見え見えの大振りは相手の動きを誘うため。
背中から翼を大きく広げ、千彰へ向けて羽ばたく鶻業。空気が螺旋を描き、その暴風に乗せられた無数の羽根が刃へと変わり、千彰へと殺到する。
「ふっ!」
暴風が命中する寸前、大振りの反動を使って上へ。足の裏を鶻業が起こした突風が掠める。
「そうくるよなぁ!」
羽ばたきを止め、蹴爪で石床を蹴って上昇。中空で交錯。だが鶻業のほうが高度がある。千彰は下からの大振りで迎撃に移る。手応え。硬い。
刀身に立つように鶻業は千彰の斬撃を足で受け止め、乱暴に嗤う。
「おらぁっ!」
刀を足で掴んだまま、再度羽ばたく。刀を手放さなかったことがアダとなって命中。鶻業は掴んでいた刀身を離してさらに羽ばたく。きりもみながら落下する千彰。土煙を派手にあげてリングに叩き付けられる。立ち上がれない千彰へ鶻業は強く羽ばたき、刃と化した羽根も無数に浴びせる。
巻き上がる土埃で視界は完全にゼロになる。
見守るすずめも咳き込みつつしゃがみ込んで土煙をよけ、しかし札を飛ばしてリングの状況を視ることは止めない。
「千彰くん?」
なのに、固まりのように停滞していた土煙の中心にいたはずの千彰の姿がない。
「おおおっ!」
背後からの咆哮を受けて鶻業が振り返りながら蹴り上げる。耳をつんざく高音が会場全体を揺さぶる。
「やるな!」
土煙に紛れて背後を取った千彰の渾身の一撃を、鶻業は器用に膝を曲げて右の蹴爪を閉じた状態で受け止めていた。そこだけを見れば、獣が歯を食いしばって斬撃を受けたようにも感じる。
にやりと笑う鶻業。
千彰は鋭い視線そのままに、
「ぬおおおおっ!」
空中でのつばぜり合いを、千彰は強引に押し込んでいく。ぐぐ、と鶻業の刃を受け止めている側の膝が彼の胸に押し当てられる。
歯を食いしばって耐える鶻業。
鶻業を焼き付くさんばかりに睨み付ける千彰。
「ははっ! いい目しやがる!」
ぐるん、と鶻業の頭が上半身が反り返り、千彰はバランスを崩す。そこを狙って鶻業が千彰の手首をもう片方の蹴爪で狙う。
力の流れが変わった瞬間、千彰も慌てることなく左側へ離脱。顎先を蹴爪が掠める。出血を気にするよりも、鶻業が体勢を立て直すこの数瞬に決めることを優先する。
「はああっ!」
攻撃後の鶻業を背中から切り上げる。やはり硬い。傷は付けられなかったが体勢を崩せた。崩しつつも鶻業は追い払うように翼を羽ばたかせ、宙返りして距離をとる。千彰と正対するや否や、
「そらよ!」
今度は羽根だけを無数に飛ばして目くらましと足止めを。千彰は冷静になぎ払い、直後に強く振り下ろして剣圧と風圧で迫る羽根を無力化する。
「せっ!」
自分でも明確な意図があったわけではない。だが千彰の右手はぱらぱらと落ちる羽根を奪えるだけ奪いながら柄を一緒に握り込み、左手で柄頭を支える。自然と切っ先は前。狙うは鶻業の胸部。
「おおおっ!」
試合数こそ少ないが、これまでの試合経験から、人やそれに準ずる姿の妖は、人間とほぼ同じ位置に急所がある。この鶻業も大差ないだろうと判断しての一撃。ありったけの殺意を込めて、しかし急所にだけは当てないように。切っ先が間合いに入る寸前、
『かああああっ!』
鶻業の発した大音声が壁となって千彰の突撃を阻む。
千彰は怯み、押し戻されはしたものの、
「うおおおっ!」
鶻業が押しつけてくる音の壁を縦に切り裂いて再度刀を突き込む。間合いに完全に入ると同時に鶻業が吠える。
「しゃああっ!」
いままで突風を起こすことにしか使っていなかった翼。その外縁部分。そこに無数の棘を生やし、すぐさま翼を前に閉じて千彰の手首を狙う。
それは千彰にも見えているが、こちらの突き込みが速い。それでも、と握ったままの羽根を投げつけて目くらましに。そしてあと半歩懐へ入れば切っ先は鶻業を貫くと千彰は防御を捨てて恐れず進む。
交錯。
鮮血が互いのからだから、花火のように吹き出す。
先に出血したのは千彰。手首は両断されなかったが、二の腕はずたずたに裂かれ、ぼたぼたと固まりのような血を遙かな地上へ落とす。
「千彰くん!」
堪えきれなかったすずめが叫ぶ。
「……はは、やるじゃねえか……っ」
吐血したのは鶻業。鮮血が千彰の顔をからだを赤く濡らす。
千彰の突きは、鶻業の腹部を貫通。刀身の半分ほどが彼の背中から飛び出し、出血は彼の翼も紅く染めていた。
『それまで! 勝者、桜狩千彰!』
審判の絶叫に観客が熱狂の雄叫びをあげる。
千彰は「抜くぞ」と一声かけてから鶻業から刀を抜き、顔を下へ。
「すずめ!」
「ほいさ!」
間髪を入れずすずめが札を大量に投げつける。札はふたりの傷口に張り付き、淡く輝きながら癒やしていく。
「ありがとう。いい試合だった」
「そんなボロボロで言われても嬉しくねぇよ」
口の端から血を流しながら、鶻業は笑う。妖は頑丈だ。腹部を貫かれたぐらいでは死ぬことはないし、すずめの札が治療もしてくれている。
勝ててよかった。
なにより、殺さずに済んでよかった。
心から、そう思った。
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