第20話 夏休み開幕
ガタン、ゴトン
少し重い音と一緒に俺の体と咲きの体が揺れた。
窓の外を眺めると、真夏の太陽が真上に上っていて、清々しいほどに緑でいっぱいな田んぼが大地を覆っていた。
「にいそろそろ」
「ああ」
今俺と咲は電車に乗って、爺ちゃんの家に向かっていた。
夏休みの前半を爺ちゃんの家で過ごすのが吉野家の恒例なのだ。
しばらくして人気の少ない駅に降りた。
そこからバスを乗り継ぎだいたい一時間程度でたどり着く。
「爺元気かな?」
「元気だろ多分。あの人の元気がないところは想像できないなぁ」
「たしかし」
俺の言葉に咲は頷きながら返す。
爺ちゃんの名前は吉野作造で、若い頃の話はあまり聞かない。
年齢は今年で七十三であるが、本人はまだまだ若々しく、年齢を感じさせない。
大変大雑把な性格であるが気さくで人好きな人物である。
そんな風に爺のことを考えていると、ポツンと二階建ての家が見えてきた。
どうやら我らが爺ちゃんの家に到着したらしい。
家に近づくと性格のわりに小柄な人が手を振っているのが目についた。
爺ちゃんである。
「爺!!」
それに気づき咲が小走りに爺ちゃんのもとへ駆け寄った。
少し遅れて俺も二人のもとにたどり着く。
「久しぶりだの、咲お前さんまた背伸びたか」
「うん二センチ伸びた!!」
「そうかそうか、きっとこれからも大きくなるぞ。結も元気しとったか?」
「おかげさんで、そっちはどうよ」
「わしゃ、最近腰が痛くての、何大したことじゃない」
腰が痛いというのは本当なのか、少し腰を曲げているのが分かった。
どんなに気持ちは若くても老いには勝てないということだろう。
しかし、そういう爺ちゃんの顔は元気でこれはまだまだ長生きしそうだと思った。
「二人とも疲れているだろうし、はよ中入って休み」
「うん」
「そうするよ」
爺ちゃんに促され三人で家の中に入った。
その後は例年通り割り振られた部屋に行き準備を整えた。
それにしても、咲の様子が少し変だったな。
…でもまぁなんか嬉しそうだったし気にすることでもないか。
様子が変というのも、咲はこの移動中電車の中やバスで必要以上に体を結に密着させていた。
もちろん本人にしてみればアピールのつもりだったが、結が気づくはずもなく熱い思いをしただけであった。
しかしアピールには失敗したもののその表情はニヤついており、大変ご満悦というあたりやはりブラコンである。
その後準備を終えた二人は疲れたということもありその日は早く休んだ。
夏はまだ始まったばかりである。
「葵」
後ろから私を呼ぶ声がした。
振り向くとそこには姉さんがいた。
自販機の横のベンチでまどろんでいた私は今どこにいるのかを思い出した。
…旅館か。
「受付も終わったから部屋に入るわよ」
「うん」
テストも終わり夏休みに入った私は、姉とともに祖母の墓参りのためという名目で、かつて祖母の暮らしていた近くの旅館に訪れていた。
もちろん真の目的は結君である。
テストも終わりデート後も私と結君の関係は続いていた。
そしてさりげなく結君に夏休みの予定を聞いたところ最初の方は祖父の家で過ごすということを聞いた。
結君は覚えていないようだったけれど…いや覚えてるはずがないか…
まあ何がともあれ、結君の祖父の家ということは、祖母の家と地区は同じだろう。
もしかしたら偶然を装って出逢えるかもしれない。
そんな思いから現在私はここに居る。
もちろん墓参りというのも嘘ではない。
夏の太陽が輝く中、若干のストーカー気質を宿した一人の少女が野望を胸に燃えているのは結に知る由がない。
二人の夏は今ここに始まった。
そして三人の少女が出会うのはそう遠くない未来である。
そこに花の姿はなかった。
何者でもない僕 ヨコタワーる @ple
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。何者でもない僕の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます