第19話 些細なきっかけ、それは不幸に誘った。
幼いかったころの私は知っていた。
姉が知らない誰かと仲良く遊んでいることを。
小さかったころ私と姉はいつも一緒だった。
遊ぶにしろ、食事をするにしろ。
だけど唯一姉は私と一緒に行動しない時があった。
それは姉が名前も分からない一人の男の子と過ごす時だ。
成長していくにつれその理由もわかる。
当時の私はその理由がわかんなくて、ただただ幸せそうな顔をする姉が好きだったから幼いながらも空気を察して外から眺めることしかしなかった。
ただ興味はあった。私や家族といるときこそ明るい姉だが、それ以外の人の時は途端にその表情を見せない。
だけど幼い彼は姉から輝くような笑顔を引き出していた。
私がかかわることはまだしばらくないんだろうな。
若干六歳にしてそう思っていたのを覚えている。
その予想が外れたのはそれから少しした時のことだった。
姉が入院したのだ。
姉が入院してからも私はしばらくは祖母の家にいた。
姉がいない。彼はいる。
祖母は遊びに行くことを許可している。
条件がそろってしまっていた。
そうして私は姉がいないことをいいことに、姉になりすまし彼と遊んだ。
幼少の頃の私と姉は瓜二つの顔で、それはもう双子のようだと言われて育っていたためなりすますことが可能だった。
彼が幼く、あまり深く物事を考えることができなかったのも大きな要因だろう。
なぜなりすましたのかと聞かれれば何となくとしか言いようがない。
…なんせ十年も前のことだ、一語一句、事細かなことまでは覚えていない。
けれど予測はできる。
いたずら心が働いたのだろう。
きっとそうだったと思う。
まぁそんなことは置いといて、彼との話に移ろう。
彼との日々はそれなりに楽しかった。
ただ単に遊んでいただけだけど、彼との時間は…
私はいたずら心と独占欲が働いたのだと思う。
私は彼と別れるその最後の瞬間まで姉になりすましていた。
いくら似ているとはいえ所々普段と違う様子に彼は何かを感じている様子はあったけど何とかの乗り切ったと思う。
ここで一つ私の気持ちを述べさせてほしい。
幼い頃私と姉はそれぞれが明日を憂いていた。
姉は弱い身体でいつまで元気でいられるか。
私はこれから始まる稽古漬けの日々を。
成長していくにつれ元気になる姉であったが、私はそれに伴い日々の生活に不満を抱くようになる。
…まぁ現在の話はいいのだ。
私は幼いながらもこれから始まるであろう日々を思い浮かべ、明日が来ないことを願っていた。
ちょうど弱気になっていたその時に現れた一時の解放された楽しい時間。
最後の最後に私は彼に聞いた。
『ゆいくん、私ねこれからすごく頑張るの』
幼い私の要領を得ない言葉に彼は首を傾げた。
『いっぱいいっぱい頑張るの』
私はこの返事にどのようなことを望んだのか覚えていない…多分当時の私も特に考えていなかったのだろう。
ただ不安からくる言葉だった。
『なら』
しばらくして彼が言った。
『ずっとずっと応援してるよ。みどりちゃんが頑張るの応援してる』
応援してる…ありきたりな言葉だと思った。
そして彼の言葉には続きがあった。
『だからね、辛いときは無理しちゃだめだよ。頑張ってる人にはねごほーびが必要なんだよ。じいちゃんが言ってた』
嬉しかった。彼の言葉が。
きっとこの時の嬉しさと言ったら誰も、姉すらも分からないだろう。
私の周りに私を心配してくれる人はいなかった。
母も、祖母すらも私と同じような環境の中で過ごしたのだから私も大丈夫だろうと思ったのだろう。
けど当の本人は違った。
たまらなく不安だった。いくらみんなの前では取り繕っても不安だった。
そして、嬉しさと同時に感じたのは嫉妬だった。
彼は私に言ったのではない。姉に言っているのだ。
彼は、私ではなく姉を見ていた。
その事実だけで私はどうしようもなく嫉妬にかられるのを感じた。
彼に汚いところを見せたくなかった。
そんな思いから、私は彼とのお別れを告げた。
もう会えないような気もしけれど、これ以上彼の前に居たら醜態をさらしそうで怖くて、その場をに逃げるように帰った。
そしてそれから約十年後、再び彼と再会するのは別のお話だ。
これから語るのは誰でもない。
三宮葵が自らの近い将来に多くの不安を感じ彼に弱音を吐いた時、確かに吉野結の目の前には葵という存在があった。
しかし、吉野結からすれば目の前にいるのは三宮碧なのだ。
このどうしようもないすれ違いがこれからの悲劇を呼んだなど、今更語ることではないだろう。
ただこれだけは言わせてほしい。
彼女…三宮葵は醜態など気にせず彼に正直になっていれば悲劇は回避できた。
いやこれだけに限らない。
今までも悲劇を回避できる機会は多々あったのだ。
だけどそうなることはなかった。
いつでも不幸の原因はすれ違いと因果応報なのだ。
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