第16話 西田花の物語
吉野結と初めて出会ったのは中学二年生の時のことだった。
クラス替えでたまたま同じクラスになっただけ。
特に親しい中でもなく、お互いに積極的に話すような仲じゃなかった。
最初のうちはそんな感じだったと思う。
話すようになったのは些細な出来事がきっかけだった。
結論から言うと私たちはクラスでハブられるようになるのだが、それは私にとって決して悲しむべき出来事ではなかったというのは覚えておいてほしい。
今から始まるのは私が中学三年生の時の物語。
「それじゃ二人一組になれ~」
はぁ、憂鬱だ。
先生は二人一を作れと言ってるけど、私が作れないの絶対知ってってやってるよね?
意地悪なのかな?
私こと西田花はそんな言いがかりを美術担当の山田先生に心の中で言っていた。
私は去年の春ごろからいじめを受けていた。
…いじめとは言ったものの内容はかわいいものだ。
漫画のように机に落書きされるということはなく、何かを隠されたり捨てられたりすることもない。
ただ無視されるだけ。それだけだった。
まぁそれでもつらい人にはつらいのだろうけど、少なくとも私にはその程度と思えるぐらいのものだった。
ことの発端は去年の冬。要するに中学二年の十二月のことだった。
バスケ部の先輩に告白された。
それがきっかけだった。
私に告白してきた先輩は遠野俊という人なんだけど、学校で一番モテてる人だった。
私はこの時なんて中途半端な時期に、それも最悪のタイミングで告白してきたんだろうと感じたのを覚えている。
遠野先輩はもう一度いうけどモテていた。
それはもちろん後輩からも。
自慢じゃないがそれまでの私は巷でいうところの一軍だった。
別になりたくてなったわけじゃないけど、そういうことになっていた。
そしてたいていのところにはリーダー的存在がいる。
それと遠野先輩がどう関係あるかというと、そのリーダー的存在こと伊東梓は遠野先輩が好きだったのだ。
それも結構ガチ目の方で。そしてタイミングの悪いことに、先輩が私に告白した日から数日後に梓から告白予定だった。
改めて考えると遠野先輩はわざとやったんじゃないだろうか?
告白されてから私はずっと疑っていた…まぁそんなことはどうでもいいとして。
もちろん私は梓が告白する日も知っていたし、先輩のことが好きなのも知っていた。
本心ではどう思っていたいたか忘れたが、表向きには応援もしてたはずだ。
だから私は窮地に立たされた。
先輩を振っても、告白を受け入れても角が立つ。
いや、答えを出すまでもなかった。
そこからはとんとん拍子で話は進んだ。
先輩から告白されるという不可抗力の出来事にあった私は梓含める一軍全員を中心に無視され始めた。
あまりにも理不尽である。
昨日まで表面上は仲が良かったはずなのに、たった一つの出来事でこれだ。
私は怒りを通り越してむしろ感心したくらいだ。
所詮は表面上の関係。
そんな人たちに無視されようが私には痛くもかゆくもなかった。
私が悪いというのなら分かるが、今回は完全に相手の逆恨みである。
そうして私の残り一年の学校生活は一人が決定した。
…そう思っていたのだが。
皆から無視され始めても例外は何人かいた。
放課後とか梓たちがいないときに話しかけてくれる人はいた。
けれど、梓がいるときには話しかけてこない。
そのことに対して何も感じることはなかった。私の中で彼女たちは梓と同じと認識したからだ。
それでも例外のさらに例外がいた。
吉野結君。
彼だけは人目を気にせず話しかけてくれた。
別に彼に友達がいないわけではない。普通にいる。
「花一人なら組もうぜ」
前言撤回だ。山田先生は意地悪なんかしてなかった。
あと、無視されるのがつらくなかったのというのも嘘。
彼がいたからつらくなかったのだ。
彼は友達がいないわけではなかったけど、私と一緒に行動すれば結果は火を見るよりも明らかだ。
クラスメイトからの無視。
最初はそうしてだろうと思ったけど、聞くのは少し恥ずかしかったので聞いてない。
それから数日のことだ。
放課後私と結は委員会の仕事をしていた。
不人気の委員会にはぶられ者二人がねじ込まれたため同じ委員会だった。
教室で二人きり。
私は今まで聞けなかったことを聞こうと思った。
「ねえ、結」
「ん?どうした?」
私の声に、ペンを動かしていた彼の手が止まる。
「どうして私にかまってくれたの?私にかまえばハブられるのなんてわかりきったことじゃん」
この時私の声は震えていた気がする。
どうして震えていたのだろう。
結は私の質問にきょとんとした顔をしたのち答えた。
「そんなのーーーーーーー」
「あれれ、二人とも何してんの~、仲よさそうだね。付き合ってんの~」
「ぶっ、はぶられ者同士お似合いだね」
彼が答えようとしたとき教室に数人の女子生徒が入って来た。
全員梓の取り巻きである。梓本人はいない。
「はー、別に付き合ってないよ。それより何しに来たの?忘れ物?それなら早くとって帰ったら。生憎私たち忙しいの」
彼の言葉を遮られたことに少しイラついた私は、若干怒気を含めた声で言った。
「はっ、何調子乗ってんの?きもいんですけど。ちょっとかわいいからって調子乗んなよ」
「きしょ、彼氏君とのお楽しみタイム邪魔されたからってそんな怒んないでよ」
彼女らの言葉に私はますますいらだった。
このままだと何を口走るのか分からないので、深呼吸をして心を落ち着かせる。
スゥーハー…だめだ静まらん。
「ていうかさ、彼氏君は彼女がこんな言われて悔しくないわけ?」
そこで取り巻きの一人が言う。
…私だけならまだしも、結までに矛先を向けるなんて。
ふと、彼の反応が気になって彼の顔をうかがうと、そこにはけろっとした表情の彼がいた。
「…いや、悔しいっていうか…」
ていうか?彼はそこで言葉を区切る。
「なに?はっきり言えば?」
取り巻きAがせかす。
「いまお前らめっちゃみじめに見えるぞ」
「ぷっ」
私はその言葉に思わずふいてしまった。
「は?」
「だって、お前らめっちゃ暇人じゃん。もうすぐ受験なんだから勉強でもしてろよ。
なにそれともお前らかまってちゃんなの?遊んでくれる人いない?
まぁ普通の人はわかるもんな。こんな大切な時期にお前らみたいな火事の原因になりかけないお前らと付き合うのがどれだけ馬鹿なことか。
後さっきから思うけどお前ら来てから俺らに何のダメージもないぞ。
なんだよ二人きりだからって付き合ってるとかって。小学生かよ」
取り巻きたちは彼の言葉に絶句していた。
私も一年近く彼と行動を共にして初めて彼の口からこんなことを聞いた。
それが何だか嬉しい気がした。
…まぁでも一応味方?の私ですらうざいと思ったけど。
彼女たちは固まったまま何も言わない。
そしていきなり振り向いたかと思うとそのまま教室を後にした。
…結局何しに来たんだろう。
「…ありがと」
私はとりあえず彼にお礼を言った。
「てか、結ってそういう風にはっきり言えたんだね」
「あぁ、なんかうざかったし。気兼ねなく言えた」
「ねえ、さっきの続き教えて?」
「さっきの?」
「ほら、なんで私にかまってくれたのかって」
私はさっきの言葉の続きが気になって改めて聞いた。
「…それは」
「それは?」
何かを戸惑ったのか彼はそこで言いよどんだ。
…告白とかだったらどうしよう。好きだからとか言われちゃったらな~。
仮にそんなことを言われたら私はOKを出す気満々だった。
だって一年も。一年もそばにいてくれたのだ。
彼がいなかったら私は今頃不登校になっていたかもしれない。
彼は別に一人じゃなかったのだ。
それをわざわざ一人になってまで支えてくれた。
好きにならないわけないじゃない。
そんなことを思い私は彼を見つめる。
「それは、花って聖桜高校受験予定だろ?」
彼の口から出た言葉は意外なものだった。
「うちのクラスさ、誰もそこ受けないからさ卒業したら付き合いなくなるじゃん。だったらこれから付き合う方と仲良くなっとこうと思ってさ」
…なんだその理由。
要するに、私のことは好きでないってことだ…片思いなのか…
それにしても、よくそんな理由で…
別に卒業したからって付き合いがなくなるとも限んないのに。
聖桜高校。何となく選んだ学校だった。
特別偏差値が低いわけでもなく高いわけでもない。
良くも悪くも普通の学校。
梓たちが受験しない勝つ県立だから選んだだけ。
この時私はこの高校に選んでよかったと心の底から思った。
確かに両想いではなかったけど、これからもチャンスがあるんだ。
「あと花かわいいから」
気持ちの整理が終わったころに結はそう言った。
最後の最後に。
「…ばか」
私は顔を赤らめながらそう言ったのを覚えている。
それから私たちは順調に合格し同じ高校に通っている。
もう一年が過ぎた。
一年、自分なりにアタックしたつもりだけど、結にそんな気がないのは普段と変わらない態度からわかっていた。
それでも私は諦めない。
だって私はどうしようもなく結のことが好きだから。
西田花の戦いはここからが本番だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます