第15話 遊園地デートと歪んだ愛

 …遊園地なんていつぶりだろう。


 良く晴れた日、地元の遊園地の入場口前で吉野結はそんなことを考えていた。


 現在俺の目の前にある遊園地は、古くから地元の子供たち、高校生、家族と幅広い世代に愛されている。

 置いてあるアトラクションも多く、県内外を問わず毎年多くの人が訪れるところだ。


 テストが終わり、先輩との遊園地が決まった俺は今ここで先輩を待っていた。


 園内に入る人たちを横目に待っていると、先輩がやって来た。


「お待たせ。待った?」


「いえ、俺もちょうどいたとこです」


 先輩は、白を基調としたワンピースに、薄手の上着というコーデだった。

 先輩の長い髪はストレートにきれいに整っていて、ワンピースにとても似合っていた。


 …ぶっちゃけるとめっちゃ可愛い。


 それから、二人で園内に入った。


 …花の時と違ってなんだか緊張するな。

 花と出かけたときは買い物だったけど、今回は普通にデートのような気がする。

 それにあの時は相手が花だったこともありあまり意識することはなかった。


 ふと先輩が早足で少し前に出ると、こちらに振り向いた。


「結君、今日の私はどう?」


 唐突に先輩が聞いてくる。

 その顔は、いたずらが成功した時の子供のような表情で、普段と違った表情に少し見惚れてしまった。


 十分見惚れた俺は先輩に言う。


「今日も十分かわいいですよ」


 一か月前の俺なら言えなかった言葉を、俺はなれたように口にする。

 この一か月間で、先輩からのからかいに慣れた俺には余裕の言葉だった。

 …もちろん先輩以外には言えないが。


「…そんなにあっさり言われるとあまり響かないわね」


 俺の返答が不満だったのか、先輩はそっぽを向きしばらくは顔を向けてくれなかった。

 けれど、先輩の後ろ姿からは様々なアトラクションを楽しんでいるのがよく分かったのでホッとした。


 それから俺たちは、ジェットコースターやお化け屋敷など堪能した。

 先輩は普段のお淑やかな雰囲気とは違って、活動的だったのが印象的だった。

 まるで子供のような先輩がかわいらしく、ずっと見ていられた。

 いつもなら絶対に入らないお化け屋敷も、先輩と一緒だったからか、恐怖は少なく、楽しむことができた。


 ある程度園内を回った俺たちは最後に観覧車に乗ることになった。

 夕暮れで、空は赤色に染まっていた。


 観覧車が少しばかり高くなったところで先輩は口を開いた。


「私、遊園地とかには今まで一回しか行ったことがなかったの」


「一回ですか?」


「ええ。そうよ。一回だけ」


 …最近こそ遊園地などにはいかなくなったが、小さい頃は学校の遠足や、妹の咲と一緒に家族でよく行っていた。


 今日の先輩の様子を見る限り、こうゆうところが苦手ということはまずないだろう。

 ならなぜ一回だけなのか、俺はその理由が気になった。


 そして先輩は俺の疑問に答えるように言った。


「私の家庭は、親が少し厳しいの。小さい頃からいろんな習い事で遊ぶ時間なんてあまりなかった」


 …先輩の言葉を聞いて、行き過ぎた英才教育の負の面を思い浮かべた。


 先輩は続ける。


「私の父は弁護士なの。自分の事務所を構えているわ。

 その事務所は、母方の祖父の事務所だったのだけど、それを婿養子の父が継いだ形ね。

 父は弁護士の中ではそれなりに名の通っている人なの。

 母は弁護士ではないけれども、弁護士の娘としてとても優秀な人よ」


 そこでい先輩は一旦言葉を止める。


 少しの間静寂が空間を支配した。


「…父はとても厳格な人なの。そして母も。妥協を許さない。

 だからなのかしらね、私は小さい頃から厳しく育てられたわ。

 私には一つ上の姉がいるんだけど、姉は生まれつき体が弱かったの。

 本来なら姉も同じように育てられるはずだったんだけど、そんなこともあって姉はそれなりの教育で育った。

 そうして、私は親の期待を一身にそそぐことになったの。

 …勘違いしないでもらいたいのは、私は両親が好きよ。

 もちろん姉のことも。両親が厳しいのは優しさからくるものだから。

 姉さんだって、よく私のことを心配してくれているわ…」


 そこで先輩の話は終わった。



 …俺はその話を聞いて何も言えない。


「…私ったらなにを言っているのかしら…ごめんなさいこんな話をしてしまって…」


 …何も言えなかった俺だが、今の言葉で少しだけど、何かがわかったきがした。


「…先輩はつらいんじゃないんですか?」


「…つらい?」


「ええ。そうです。」


 つらい。先輩はこの現状がつらいのだと思った。


「ふふ、そうかもしれないわ…」


 そして俺はさらに言葉を紡ぐ。


「そして先輩は背負い過ぎなんです。何でもかんでも。親の期待とかを全部」


「せおいすぎ?私が?」


「…たまには、おろしたっていいんじゃないですか?別に我慢しなくたっていいような気がしますよ。たまには我儘を言ったって…」


 自然と言葉が出てきた。

 そして、気づいた時には俺は内心焦っていた。


 先輩が話し始めたとき、俺は先輩がどこか遠くに行ってしまうような気がした。

 ふと消えてしまうかもしれない。

 そして、ずっと離れ離れになってしまうような…そんな気が。


 そして俺は懇願する。


「先輩…どこにもいかないでください…離れないで」


「ゆ…いくん?」


 俺の言葉に先輩は困ったよな声をあげる。


 そして、先輩は微笑んだ。


「ふふ、結君」


「はい」


「私はどこにもいかないわ…」


「せん…ぱい?」


「だからお願いしてもいい?」


 先輩の言葉に俺は頷く。


 先輩と目が合い、見つめ合う形になる。

 互いに目をそらすことはない。

 手を伸ばせば簡単に触れる距離にお互いいる。


「結君もそばにいて。私が背負いきれなくなったときそばにいて。

 一緒に背負って。ね、結君。一人にしないで」


「…わかりました。俺は先輩を一人にしません」


「ふふ、約束よ」


「ええ、約束です」


 ちょうど二人が話し終えたとき観覧車の扉が開いた。

 二人は外に出て、出口に向かう。


「それにしても、私から暗い話をしたのにね。こんな雰囲気になっちゃうだなんて」


「あぁ、なんかすいません…けど心配だったんです」


「ふふ。結君も意外と脆いとこがあるのね…大丈夫よ私の心配は。

 話したおかげで楽になったから…」


「それならいいんですけど」


「ふふ、ありがと…それじゃまたね」


 園内から出たところで俺たちは別れた。


「結君!!」


 最後の最後、少し離れた背後から先輩に呼ばれた。


「本当にありがと!!」


 この時俺は気づいた。


 葵先輩のことが好きだということに。


 出逢って一か月。


 曲がりなりにも先輩と過ごして、今日をともにして俺は気づいた。

 離れてほしくない…あれはこの気持ちからくるものだったんだ。


 そして俺は見つける。


 目標を。


 俺は…俺は、先輩の隣に立てて、支えれる人になりたい。


 自分でそうなれたと思ったとき…その時に俺はーーーーーーーーー



 こうして、新しい目標もとい決意を胸に吉野結の一日が終わった。



 自分の気持ちに気づいた彼は、すぐに思いを告げるべきだった。

 すぐに想い人を追いかけて。


 幸か不幸か…きっと不幸だ。

 この日、結が自分の気持ちに気づいた日に別のことを気づいた人がいた。


 結君は脆い…


 そう思う彼女の顔は歪んでいて上機嫌だった。


 結君は離さない。手放さない。

 結君を導いてあげれるのは私だけ。

 私だけの結君。


 彼女は気づいていない。結の気持ちに。

 その結果…これから起こるのは、素直になれない二人のーーー

 ーーーー悲劇だ。


 空は紅く、まるで何かを燃やしているようだった。




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