第13話 寂しさと誤解

 テスト開始から五日目、ようやく定期テストが終わった。


「ふ~疲れた~」


 …思えば、この一か月間、人生で頑張った気がする…受験の時よりも。


 吉野結は勉強こそ嫌いだが、馬鹿ではない。そんな彼がそれなりに本気を出した今回の定期テスト、結果が楽しみである。


 なんやかんやで頑張った結は自分を労うと同時に、考え事をしていた。


 先輩ともこれでお別れか…

 無論、転校するわけではないので学校に居れば顔を合わせることはあるかもしれない。

 けど、これで関りがなくなってしまうのも事実。

 これまでのように放課後、勉強して話したりすることもないだろうな…

 …寂しい。


 なんで寂しんだろうか?


 俺は自問自答して、答えを見つける。


 あぁ、俺は好きなんだ。好きだったんだあの空間が。

 葵先輩がいて、花がいて、俺がいた。

 たしかにあの空間で俺は存在していた。

 あの空間にはちゃんと俺にも『生徒』という役割があって、目標を持てた。

 頑張る意味を見つけれたのだ。


 そうか、俺は褒められたかったんだ。

 見てほしかった。喜んで欲しかった。

 先輩と花のおかげで俺はこんなにもいい点をとれたんだぞ、と。


 けれどそれも終わりだ。


 長いようで、とても短い一か月だった。

 俺は、寂しさを感しながら窓の外を眺める。


 ところどころ雲があり、すっきりしない空。


 そして俺は立ち上がり先輩がいるかもしれない場所に行く。


 テスト終わったし、先輩はいないかもな。

 そう思いながら図書室に入ると、予想通りというか、意外と言うべきか、葵先輩がいた。


「ん?結君か。テストはどうだった?」


「おかげさまでいい感じでした。」


「ふふ、そう。」


 いつも通り先輩はここに居た。

 いつも通りの先輩がそこにいた…いるはずだった。

 図書室には二人きり。初めて出逢った先月を思い出す。


 目の前の葵先輩はどこか儚げな雰囲気を纏っていた。

 何かを諦めたような、それでどこか自嘲しているような、決して明るいとは言えない。

 なんでそんな表情をしているのか俺には見当もつかない。


 少しの沈黙のあと、俺は口を開く。


「あの、先輩。少しの間でしたがお世話になりました。それで…その、なんというか、お礼をしたいんですけど、何かしてほしいこととかってあったりします?」


 はっ?俺は何を言ってるんだ?

 お礼を言うだけのはずが、気づいたら余計なことまで口走っていた。


 俺はそう言って、自分の言葉に後悔していると、今度は先輩の口が開いた。


「ふふ、してほしいことね…そんなこと言って花さんには怒られないのかしら?」


 そして先輩の口からは意外な人物の名前が出てくる。


 は?花?


「花ですか?」


 なぜここで花の名前が出てくるんだ?

 俺は考えながらも理由が分からない。

 悩んでいると、先輩が言う。


「ええ。花さんよ…だって結君と花さんは…その付き合っているのでしょう。だから、そんなこと言ってもいいのかしらって…」


「…花と俺が付き合ってる?」


 先輩から出た予想外な言葉。

 俺と花が付き合ってる…

 俺は一瞬付き合ってるという言葉の意味を考えた。


 確かに、クラスメイトとしてそれなりの付き合いはある。

 中学のころからの付き合いだ。

 そういう意味であれば付き合っていると言えるだろう。

 けれどおそらく、先輩からでた付き合っているという言葉の意味は、男女の交際の意味だ。

 …そうだよな、そういう意味だよな…

 なんだか少し不安になった俺は先輩に聞く。


「そっその、つっ付き合っているというのは、男女の交際をしているかという意味ですよね?」


「…ええそうよ」


 どうやらその解釈であっているらしい。

 同時に俺の希望的観測も崩れ落ちた。


「…えーと、ちなみになんでそう思うんですか?」


「…だって見たんだもの、この間ふたりで…デートしていているところを…」


 この間、デート。

 という単語で俺はピンときた。

 買い物に付き合った時のことだと。

 先輩が言っているのはその時のことで間違いないだろう。


「はは、先輩、それデートじゃないですよ。ただ花の買い物に付き合っていただけです。」


 この言葉を聞いた時、先輩が珍しく、ぽかんとした顔をした。


「それにしては楽しそうだったけれど…」


「まぁ、楽しかったですけど付き合ってなんかいませんよ」


「ほんとに?」


「ほんとです」


 先輩は聞いてくる。先輩の質問に対して俺はNOと答える。

 それでも納得いかないのか先輩はもう一度聞いてきた。


「…ほんとのほんとに付き合っていない?」


「ほんとのほんとです」


 それから数秒、もしくは数分だったか、静寂を切り裂くように先輩は笑い出す。


「ふふ、はは、ハハハ、ハハハハハッ…そうか。そうだったのね。私の勘違いだったんだ…なーんだ、ハハ、全部私の勘違い…」


 何が嬉しかったのか、はたまたおかしかったのか、先輩は笑った。

 これまで聞いたことのないような笑い声で。

 その笑い方は、どこか子供っぽくて、それでいてーーーーーー


 ーーー綺麗だった。


 そして、その笑い方に懐かしさを感じた。


 笑い終えたあと先輩の表情はすっきりしていて、最初に感じた儚い印象はそこにはなかった。


「それじゃ、そうね…私と…一緒に遊園地に行ってほしいわ…」


 そして先輩から出てきた言葉に俺は固まった。

 そして思い出す…俺が最初に行ったことを。


『何かしてほしいこととかってあったりします?』


 忘れていた。付き合っていたとかのくだりが印象的過ぎて忘れていた。


「もちろんだめとは言わないわよね、ふふ」


 うなだれていた俺は前を向く。

 そこにはいつも通りの、からかい上手な先輩がいた。


 窓の外には、どこまでも澄んだ空が広がっていた。

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