第7話 優しい少女の苦悩
…なんか距離近くないか?
吉野結は図書室にて絶賛勉強中だった。
隣には葵先輩がいて、丁寧に教えてくれている。
…そう。隣にいるのだ。
「そしたら、ここはこうなるから…どうしたの?」
「あぁ、別に何でもないっす」
「そう、ふふ」
何が楽しいのか、先輩は時々微笑む。
その時の表情がとてつもなかわいくて惚れてしまいそうになるのだが…
「かわいい先輩が隣で緊張してる?」
「…いやそんなことないですよ」
「へ~、吉野君は私のことかわいいと思ってないんだ…先輩悲しいな」
「そっそれは違いますよ…」
「どう違うの?」
先輩はニヤニヤしながら聞いてくる。
「先輩は…その、かっ、かわいいと思いますよ」
「ふふ」
そう、先輩はかわいいのだが、さっきからことあるごとにからかってくる。
お姉さんという属性に、からかい上手が追加された。
…少し面倒くさいなという気持ち半分、若干の嬉しさ半分のなんとも言えない気持ちになっていた。
ただ、嫌ではない。先輩との距離が近づいたような気がして不快には思わない。
まぁ、まだ出会って二日目なのだが。
きっとフレンドリーでお淑やかな先輩はこの性格で多くの男子を誤解させてきたに違いない。
僕も気を引き締め、勉強に取り組んだ。
そんなことを思っていると、図書室のドアが開いた。
僕と先輩の二人きりの空間に侵入してきた輩は誰だと思ったら、思いがけない人物だった。
「…結?何やってんの…あと隣の人誰?」
入ってきたのは花だった。
花は僕を見つけると首を傾げてそう問いかけた。
「おぉ、花か。見ればわかるだろ、勉強中だ」
「…いやまぁ、それはわかるんだけど、その隣の方は?」
あぁ、先輩のことか。先輩について答えようとしたとき、先輩が自分で答えた。
「初めまして、花さん?でいいのかしら。私は三年A組の三宮葵です」
「…初めまして、二年C組の西野花です」
二人が自己紹介を終えると、花が小声で話しかけてきた。
「ちょっと、どういうことよ。勉強教えてあげるって言ったじゃん」
「それはそうなんだけど、自分でもやっといた方がいいかなと思ってさ、ここで勉強してたら先輩も教えてくれるっていうしさ」
花の質問に、嘘偽りなく答えてた僕だが、その返答はどこか言い訳じみていた。
そして、二股がばれた時のような気持になる。
…まぁ、どちらとも付き合っていないのだが。
「…なるほど、結は私じゃなくて先輩を選んだんだ。まぁ先輩かわいいしね」
さっきから花の口から出てくる言葉はどこか怒ってるような感じだった。
まぁ、今回に限っては僕にも非があると思うが…
そんな感じでなんて答えようか困っていると
「ふふ、二人とも仲がいいのね」
待ちきれなくなったのか、先輩も会話に混ざってきた。
「そっそんなことないですよ」
答えたのは花。僕ではない。何となくだが、僕がここで口出しすると話が面倒くさくなりそうなので、黙っていることにする。
「そう、私から見たらまるで恋人みたいにみえたわ」
その言葉に、さすがの僕も反応してしまった。
「なっ、そんなーーーー」
「ええ、ほんとですか~」
しかし、言葉が言い終わる前に、花が答えた。
…おい花、お前はなにまんざらでもなさそうな顔してるんだ。
僕はなぜか冷めた目で花を見ていた。
「ええ、本当よ…羨ましいぐらい」
僕は、先輩が最後に言った言葉が聞き取れなかった。
しかし、最後の言葉を言うときの先輩の表情は、とても冷たかったようなきがする。
まぁ、先輩に限ってそんなことはないか。そんな顔をする理由もないしな。
その後、花も混ぜて勉強を再開した。
その間花はずっと機嫌がよかった。
…先輩すげぇな~
先輩と出会って二日目。
先輩の魅力を発見できた良き一日だった。
「それじゃ、私は帰るわね」
先輩は、僕らより一足先にに帰宅した。
「…それにしてもあんないい先輩よく結は捕まえられたね」
「なんだよそれ、べつに付き合ってるわけでもないし。ていうか昨日出逢ったばかりだぞ」
「…結…まぁ、結はそうか。そうだったね」
なぜか自己完結をしている花。
…なにがそうなんだ?
まったくわからん。
「…私たちも帰ろうか」
「あぁそうだな」
結局考えても分からなかった僕は帰ることにする。
…何か違和感を感じるが、その違和感も何かは分からない。
外に出ると、まだ少し明るかった…薄暗いともいえるか。
段々夏に近づいている。
そしてテストも。
僕は嫌なことを思い出し、若干憂鬱な気持ちで帰宅した。
そうして一日が終わる。
これはまだ一日が終わる少し前。
とある家庭での話だ。
なんでなんでなんでなんでなんで?
帰宅して、自室で着替えてる彼女の頭の中は疑問でいっぱいだった。
私の方が早く出逢っていたのに。なんで後から出逢った方が仲よさそうにしてるの?
どうしてどうしてどうしてどういてどうして?
…でも、彼女の幸せそうな顔。
彼女は根がとても優しい。とてもとても。
そんな彼女は自分の気持ちに素直になれない。
あの幸せそうな顔を彼女が壊そうとするはずもないのだ。
いつもの彼女なら、自分の気持ちを殺していただろう。
けれど今回は違った。殺せなかった。
それは別にそれは悪いことではない。人として当たり前なのだ。
けれど、優しい彼女は罪悪感を覚えた。
これから彼女は、罪悪感と自分の気持ちに苛まれていくことになる。
「葵帰ってたの、ただいまぐらい言いなさ…い…よ、ってどうかしたの?」
着替え終えたところに、姉が入ってきた。
「ただいま姉さん…どうかしたってなにが?」
「あんた、気づいてないの?」
「…なにを?」
「まぁいいわ。それにしても、朝あんなに機嫌がいいと思ったら…」
私は姉さんが言っていることがいまいちよくわからなかった。
この時、姉から見た妹の顔は歪んでいた。
何かを恨むような、そしてどこか嬉しそうな表情。
決して相容れぬ二つの感情が、一つの顔に収まっていた。
端から見たら普通の顔だっただろう。
ただのかわいい顔。
しかし、長年一緒にいた姉だからわかった。
この時点で妹の違和感に気づいていたのは彼女だけだった。
彼女だけが、歪んだ妹を止めることができた。
けれど、彼女が妹を止めることはない。
嗚呼
世界のなんと残酷なことか。
それでいて美しい。
時よ進め。世界はあまりにもーーーー
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