第6話 夢、そして言葉の力

 夢を見ていた。幼い頃の夢だ。


 公園での出来事だった。この公園は爺ちゃん家の近くのだから、僕がまだ四、五歳程度で祖父母と暮らしていたころだ。


『ゆいくんは、大人になったら何になりたいのー』


 夢の中で、一人の少女が幼い僕に聞いてきた。

 少女の顔は霞がかかっていて認識することは出来なかった。

 幼いが、その声はどこか懐かしいよな気がする…夢だからそう感じるのは当たり前なんだけど、そうじゃなくてこう…最近聞いたような声。

 けれどその声をどこで聞いたのか僕は思い出せなかった。

 少女の質問に僕はなんて答えたのか覚えていない…なんだか覚えてないことばかりだな。


『ぼくはーーーーーーーーーー』


 結局なんて言ったかは分からないが、僕の答えに少女は喜んでいた。

 そして少女は言う。


『それじゃずっと待ってるから!!』


 …何を待つのだろうか?待つような夢とはいったい何だろう。

 気になって気になってしょうがない。

 考えてみても分からない。そして段々と目が覚めてきた。


 目を覚ますとまだ少し薄暗かった。

 珍しく早起きしてしまったらしい。


 それにしても


「ずっと待ってるから…か」


 もし、少女が実在する人だとしたら、成長した今でも待っていてくれるのだろうか?

 待っていてくれていたら少し申し訳ないな。

 …まぁそんなわけないか。


 ふぁ~…それにしても眠いな。もう少し寝るか。

 そうして、僕は二度寝をキメた。

 ちなみに時刻は五時半過ぎである。


 これは同時刻、とある家庭のお話だ。


「ふん、ふふん」


 その家では一人の女性が、上機嫌で料理をしていた。

 作っているのは今日の弁当と、家族の朝食である。


「ふぁ~、おはよう…なんか機嫌いいわね。なんかいいことでもあったの?」


 お皿を出していると、姉が起きた。


「姉さんおはよう。今日は早いね。ごはんもう少し待ってね」


「たまには私だって早起きするわよ、それよりなんかあった?」


「…別に何もないわ」


「そう…まぁなんでもいいけど」


 料理をしている彼女は、とてもいい子である。

 親からも、教師たちからも信頼されているしっかり者である。

 そんな彼女だが


「…ねえ、姉さん」


「どうしたの?」


 彼女の精神状況は少し危うい。

 彼女の根はとても優しい。それ故、困っている人を見ると放っておけない。

 その結果誰からも信頼されているのだが、彼女はあまりにも自分を蔑ろにし過ぎた。

 そして、その代償が今訪れようとしている。


「姉さんは好きな人出来たらどうする?」


「…そうね、私なら…私なら全力でアプローチするわね」


「そう…全力か…」


 彼女の姉はここで言葉を止めるべきだった。

 そうしていたら…ここから先は詮無き事か。


 姉は答えるとき、かつての想い人を浮かべながら答えていた。

 結局かなうことなかったあの思い。

 そして姉は言葉を紡ぐ


「…けして離れないように。どこかに消えてしまわないように。置いていかれないようにするわ…後悔しないように」


 彼女はこの言葉を聞いて何を思ったか。

 その答えが出るのは当分先のことだ。

 ただ確実なのは、この言葉がターニングポイントであること。

 そしてこれからの物語に関わるのは誰も知らない。


「それより、好きな人でもできたの?」


「ふふ、そんなとこ」


 そうして他の家族も起き始めたところで二人の会話は終わった。


 もう二度と、過去に戻ることは出来ない。

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