第3話 油断禁物
竪穴を降りた場所は天井が低くじめっとしている。外壁の岩肌はじんわりと汗をかきちょっと不気味な雰囲気だ。それにしてもこんなに湿気が高いのに苔すら生えていない。やはり生き物はいないのだろうか。
「しかしスゴイ湿気ねえ。
ナード以上よ、これ」
「どこかに水源でもあるのかな。
流れてはいないけど、どこかから沁みだしてきているみたいね」
そう言いながらミーヤは壁面を撫でた。すると想像以上にぬるっとした感触だ。
「うわ、凄いぬめぬめしてて気持ち悪い!
でもねばねばしているわけじゃないのか」
そう言いながら指先を見ると、なんだかおかしな感触が残っていることに気が付いた。気のせいか手のひらの毛が溶けているような……
「なにしてるのミーヤ!
むやみに触ったらだめよ!
ほら、少し手が溶けちゃってる、でもないか。
手のひらまで毛皮で守られててよかったわね」
「ちょっとレナージュ、知ってるなら先に言ってよね。
毛が少し溶けちゃったわよ」
どうやら湿気と言うよりどこかから流れてきているこの水は強酸性の液体らしい。だから苔すら生えていないのだろう。それにしてもどこから流れて来ているのだろうか。
現在地は竪穴を降りてきてさらにこの道も下っているので地下数十メートルくらい? 地表と今いる場所の間に酸性の液体を産み出すなにかがあるのかもしれない。
魔獣どころか動物も何もいないので油断していたが、洞窟自体に危険性があることも考えなければならないのだということをこの程度の代償で知れて良かった。
ミーヤは溶けた毛先をペロッと舐めながらそんなことを考えていた。そのとき作図をしながら歩いていたチカマが何かに気付いたようだ。
「ミーヤさま、もうすぐ広いところに出るみたい。
凄く広いよ」
「やっとこの洞窟を抜けるってことね。
ミーヤの手が全部無くなる前で良かったわ」
「もう、いつまでもそんなこと言わないでよ。
あれは事故、事故なんだからね。
大体先にレナージュが教えてくれていればあんなことにはならなかったんでしょ!」
「ミーヤも十分しつこいわよ。
いいから早く進みましょ、ここは天井が低くて息苦しいわ」
「同意見ね、この湿気ときたら頭が重くて仕方ないわ。
別にこの髪が嫌いなわけじゃないけれど、湿気だけは大敵なのよねえ」
確かにヴィッキーのもじゃもじゃ頭がいつもより垂れ下がっていて重そうだ。しかしあの頭は天然なのだろうか。あんなにもじゃもじゃくるくるの地毛なんて見たことがない。どうしても気になったミーヤは思い切って聞いてみることにした。
「ねえヴィッキー? あなたの髪ってなにもしてないのにそんなにもじゃもじゃなの?
パーマでもかけてるのよね?」
「はあ? パーマなんてかけてないわ!
わざわざ自分でくるくる頭にするなんてバカのやることよ!
言っとくけど私自身は気に入ってるんだからね」
どうやら大分気にしているようだ。かと言っておかしいとかかわいくないとかそんなことはなく、真っ赤な髪色と合わせてとてもキュートだし雰囲気にもよくあっている。ただ湿気や寝起きのことを考えると他人事ながら頭と気が重くなるのは確かだ。
そしてそんなヴィッキーの希望を打ち砕くように、広い場所へ出ても湿気は高いままだった。ヴィッキーは明らかに落胆している。ただ天井は高いのでさっきまでよりは少しましではある。
チカマが作図をしているので探索が使えていないが、今のところ何の気配も感じられない。先行している冒険者がいるはずなのだがもっと奥まで進んでいるのかもしれない。念のため最大限用心をしながら進んでいくが本当になにもなく、動物も植物も見つかっていないと言うのは本当のようだ。
その時背後でドサッという物音がして振り向くと、それと同時にレナージュが声を上げた。
「ナウィン! どうした!?」
「ええ!? 何が起きたの!?」
レナージュに続いてミーヤも思わず大声を出して、突然倒れたナウィンの様子を確認するために膝をついた。どうやら意識を失っているようだが外傷は見られない。地面にも障害物や攻撃されたような跡はなく、本当に突然倒れたようである。もしかして急病なのかもしれない。
とりあえずナウィンを抱えて立ち上がろうとしたその時――
「あれ? 力が……」
特に外部から何かされたような気配もなかったはずなのに意識が遠のいていく。体がふわふわするような心地よさを感じつつも薄れていく意識…… 何かがおかしいと感じ力を振り絞って立ち上がった。
「ミーヤさま大丈夫?
ナウィンはどうしたの?」
数秒もすると意識は完全に戻ったが、しゃがみ込んだだけで気が遠くなるなんて何かがおかしい。今度は身構えてからナウィンを一気に抱え上げた。
「地面に近いところが何か変よ。
長時間しゃがんでいるのは危険みたいだわ」
「ナウィンの身長だと、私たちがしゃがんだのと同じくらいだからなにか影響あったのかしら。
でもそんなことってある?」
「わからないけど有毒ガスとかそんなところかしら。
ヴィッキー、ナウィンに回復をかけてあげてよ」
「ガスなら解毒のほうがいいかもしれないね。
とりあえず両方かけてみるわ」
そう言ってからヴィッキーが呪文を唱え、ナウィンへ回復と解毒をかけたが目を覚まさない。するとレナージュが小さな樽を出してきた。
「こういうときは気付け薬を使うのよ。
まあちょっと違うものだけど何とかなるでしょ」
そう言うと樽の栓の抜いて中身をナウィンの鼻先へポタポタと垂らした。漂ってくるこの香り、どうやら樽の中身は蒸留酒らしい。確かに蒸留酒の香りとアルコール分は気付け薬の代わりになるかもしれない。
鼻から蒸留酒の香りではなくそのモノを吸い込んだナウィンは、意識を取り戻さないままでくしゃみをした。どうやら呼吸は出来ているようなので一安心だ。しかしここに留まることは危険かもしれないので一旦地上へ戻ることにした。
「あれ? えっと、あの……
私はどうしたんでしょうか」
「ああ良かった、このまま目を覚まさなかったらどうしようかと思ったわ。
ナウィンったら急に気を失って倒れてしまったのよ。
一体何があったのかわかる?」
「うーん、えっと、あの……
全然わかりません。
でもなんとなく突然眠くなってきたような気がします」
「他には? 今も何か残ってるとか、毒みたいな感じはない?
どこかから何かされた感覚もなかったのよね?」
「ええ、えっと、あの……
毒らしい感覚もありませんしどこも痛くありません。
本当になにもわからなくてごめんなさい」
毒でもない、寝不足でもない? なにかをされた感覚もないなんて、いったい何が起きたのだろう。それにミーヤ自身もなにかわからないうちに意識を失いそうになってしまった。こういうとき頼りになるのは物知りなレナージュだが心当たりはないと首を横に振っている。
とにかく何か見知らぬ力によってダメージを受けたことだけは間違いなく、謎が解明できないうちはナウィンを伴って散策するのは危険である。とりあえず今日はまだ時間も早いが、なにか対策を立てるための話し合いをするということで意見がまとまった。
「それじゃさ、まずは今日の夕飯について話しあいましょう。
その次は甘いものも食べたいからその計画についても聞かせてちょうだい。
でもその前にまだ時間も早いからおやつにしましょうよ」
「ヴィッキー? それと探索とどう関係があるわけ?
おやつを作るのはいいけど、その間にちゃんと考えてくれないと困るわよ。
あなただって手ぶらで戻ってなんの報告も出来なかったら恥かくでしょ?」
「冗談よ、場を和ませようとしただけよ。
それじゃ真面目に対策を考えて計画を練りましょう。
頭を使うから甘いものが欲しくなるけどね」
ミーヤははいはいと適当に返事をしてからかまどを用意し、ポップコーンを作る準備を始めた。
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