第2話 いざ突入

 昨夜遅くにバタバ村へ到着したミーヤ一行は、早くから起きて探索の準備を進めていた。レナージュとヴィッキーは洞窟内での陣形を話し合い、チカマは地図を書く練習をしている。ナウィンはチカマへ羊皮紙の補充をする係となって、なんとなくそれぞれに役割が出来て何よりだ。ちなみにミーヤの担当は朝食づくりだったので、探索とは全く関係なくやや不満である。


「さあ出来たわよ。

 朝だから簡単なものにしたけど文句言わないでね?

 麦のミルク粥、おいしいわよ」


 羊の乳からクリームを作った際に副産物の脱脂乳が大量に出来上がり、それを乾燥させて粉にして持ち歩いていたが、こういうときにはパパッと使えてなかなか便利だ。現代風に言えば単なるスキムミルクなのだが、水に溶かすだけで牛乳っぽく飲めるし昨晩のクリームシチューにももちろん使った。


「ねえミーヤ? 昨日のクリームシチューはもうないの?

 私はまたアレが食べたいわ。

 それに一昨日の酸っぱい醤油で食べた鍋料理も良かったわね。

 あとはあれね、甘辛に焼いた串焼きもおいしかったわあ」


「ふふふ、ヴィッキーもミーヤの料理に心奪われてしまったようね。

 だから言ったじゃないの、神人様のレシピは普通じゃないのよ」


 レナージュがまた大げさなことを言っている。おそらく恩を売るだけ売ってあとで高額な報酬をせしめる気だろう。慎ましく生活しているようでもやはり王族、持っているところからならいくら貰っても心は痛まないので気が楽である。


「ミーヤは王都に住む気はないの?

 ジスコと違ってなんでもあるし便利な所よ?

 なんなら住むところは私が用意してあげてもいいわ」


「あら、申し出はありがたいけど王都に住む気はないわ。

 第一ジスコに住んでいるわけでも無いしね。

 私は今までもこれからもカナイ村の一員でいるつもりなのよ」


「それは残念ね。

 でも一度贅沢を知ったら田舎での暮らしが耐えられないかもしれないわよ?」


「それはどうかしら?

 今は何もない村かもしれないけど、これからは変わってくるかもしれない。

 いいえ、私が変えて見せるわ!」


 これは大げさな決意でもなんでもなく、本心からそうするつもりでいるしきっと出来る。世の中にはまだまだ知らないことが多いけど、これからも学ぶ心を忘れずにいればきっとカナイ村の発展を後押しできるに違いない。ミーヤはそう自身を鼓舞することで、第二の人生を精いっぱい生きていくつもりだ。


 朝食を食べ終わって後片付けをしていたところでメッセージが送られてきた。差出人を確認するとノミーからである。すっかり忘れていたが、ジョイポンへ職人を集めて監禁していることについて説明を求めたままになっていたのだ。


 しかし帰ってきた返事は拍子抜けするものだった。職人を集めているのは事実だが、別に養子にしているつもりはなく、監禁もしていないらしい。ただ、十分な待遇と報酬は与えているが距離の問題で王都から来た職人は気軽に帰ることが難しいそうだ。


 ジョイポンに限らず、生産職は地域の色が出やすく、同じ都市の出身者だけでは製作物が似たり寄ったりになる。そのため外部から技術を持ちこむことで偶発的に発生する新規性を持たせたいとのことだ。


 まあ言わんとすることはわかるが、それをごく普通に暮らしている職人宅へ出向き説明したところでどれだけの人が理解できるのだろう。この異世界でそんな先見性、先進性を持った考え方ができるなんて、もしかしたらノミーこそ転生者なのではないかなどと考えてしまう。


 初めからおかしな話だとは思っていたのでノミーの話は概ね信用できると判断するが、でもまだ何か話していない、隠していることがあるのは間違いない。なぜならば、ノミーであればテレポートの巻物を与えて里帰りさせることもできるからである。やはり逃げられる可能性があるか、漏洩を恐れて秘匿しなければならない事情があるのだろう。


 かといってそこまではミーヤの関知するところではないし、いざとなったらナウィンを助けに行くこともできる。しかもナウィンがジョイポンへ行くのもまだまだ先の話だ。今後もっと何かわかるかもしれないのでこのこと自体は忘れないようここに留め置くことにして、今は目の前のことに集中することにした。


「チカマ、作図の準備はいい?

 初めてだからうまくいかないかもしれないけど、それでもいいんだからね。

 それとよそ見して転んだりしないように注意するのよ?」


「まーたミーヤがチカマを甘やかしてる。

 それより自分こそチカマに気を取られすぎて躓いたりしないようにね」


「レナージュ、ミーヤさまに厳しい。

 ボクは甘やかされてなんかない!」


「はいはい、そうね、そうですよねー

 それじゃ行きましょうか。

 ヴィッキーは夜目使うのかしら?

 光精霊使っても平気?」


「問題ないわよ。

 それなら夜目スキル使わないだけだから」


 会話の様子から考えるに、ヴィッキーの使う夜目スキルというのは、ミーヤのような獣人の固有能力とは違うらしい。ふと映画や漫画で見た、暗いところでも見えるようになるメガネみたいなのを使ってる人に強い光を当てると目がくらむと言うやつを思い出した。


 こんな風に陣形のおさらいをしながら洞窟の入り口に向い、警備の王国戦士団員が呆けた顔で立っているところまでやってきた。おそらくは末端の団員なのだろうが、いくらなんでも気が抜けているのが丸わかりでだらけすぎているように見えた。


「ちょっとあなた達!

 仮にも王国の名を掲げた戦士団の団員なのだからシャキッとしなさいな。

 お父様に言いつけるわよ?」


「こ、これは姫様!

 どうかお見逃しを!

 とにかく一日中立っているだけなものですから……」


 ヴィッキーが喝を入れたが、それくらい何事もないと言うことなのだろう。状況を確認すると、すでに数組の冒険者が入っていっていると聞かされた。ただ予想通り、今の段階でいい報告悪い報告のどちらもないとのことだ。


「入り口から少し進むと急な竪穴になっていますのでお気を付けください。

 それでは姫様、ご武運を!」


 ここぞとばかりに点数稼ぎをしようとでもいうのか、戦士団員が景気のいい言葉をかけている。ヴィッキーが呆れ顔で手を振ると、警備兵は頭が膝につくんじゃないかと言う勢いでお辞儀した。


「きっと国王へ言いつけられないよう必死なのね。

 ヴィッキーがあんなに叱りつけるからよ、かわいそうに」


「いいえ、あんなだから戦士団は冒険者にも劣るとか言われてしまうのよ。

 能力や経験は簡単に覆らないけど、心構えならなんとでもなるはずなのに。

 団長が変わる前はもっとしっかりしていたらしいけどね」


 変わる前の団長は冒険者組合長のラディのことだろう。今の団長は知らないが、あの団員の様子からすると、平和ボケしていて緩い感じの人なのかもしれない。


 入り口から少し進むと確かに竪穴が有り、すでに縄梯子がかけてあった。レナージュが光の精霊晶を穴へ投げ入れると結構な深さまで落ちていき光りつづけている。


「これじゃ途中は暗いままね。

 まあ地面が明るいだけでも十分かな」


「ボク途中で待ってる。

 ミーヤさま、灯りちょうだい」


 ミーヤが言われた通りチカマの体へ光の精霊晶をくっつけると、チカマはふわふわと飛びながら竪穴を下りて行った。そして最初に落とした光との中間地点辺りで周囲を照らしてくれている。


「魔人の子もなかなかやるわね。

 あとで私も褒めてあげるわ」


「いいからさっさと降りなさいよ。

 次はミーヤ、ナウィンの順で私が最後ね」


 ミーヤは難なく降りることが出来たが、ナウィンは予想通り大騒ぎしながら梯子を下っていく。最後はレナージュにせかされ追い立てられるようにして梯子から転落したが、あともう一メートル程度の高さだったので事なきを得た。


「中は結構広いのね。

 それじゃ注意しながら進みましょうか」


 レナージュの指示に従って、一行は洞窟を進み始めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る