第2話 後編

 7日間、毎日通ううちに自然が持つ癒しと静謐さに心が落ち着いていった。宿の主人もその妻もいい人で長期滞在を歓迎してくれた。そしてこの街に住むつもりなら、仕事や住むところを紹介してやると言ってくれた。


 焼き菓子を売る小さな店で仕事が見つかり、この地に落ち着いた。

平民の生活はなれなかったが、がむしゃらに働いているうちにお店に材料を搬入しているディルと仲良くなり、付き合うようになった。

 政略でもないお互い慈しみあう関係の恋人。結婚をしたいと言ってくれた。そして恋人ディルはマツリカの家族にきちんと挨拶をしたいといった。

「いいの、家を出てきたんだもの。それに・・・嫌なの。」

 姉に会えば、このディルも自分から去っていくかもしれない。そう思うだけで胸が張り裂けそうだった。

その思いを正直にディルにつげた。


実は男爵家の娘で、度重なる婚約解消に傷ついてこの地に来たこと。姉のせいではないが、姉の存在が婚約解消に関係していること。会うのが怖いことを正直に告げた。

ディルはマツリカをぎゅっと抱きしめると、

「辛い思いをしてきたんだね。だけど僕はご家族に君との結婚を伝えたい。父上も悪気があって次々婚約者を連れてきたのではないと思うよ。マツリカが幸せなことを見てもらおう」

「でも・・・」

「僕を信じて。君のお姉さんの見た目がどれほど美しくても僕は君を中身ごと好きなんだから。比べようがないよ」

マツリカは不安で仕方がなかった。姉に会えばみんな息をのんだように見惚れるのだから。

 家族の仲は良かったと思っている。大事にしてくれていた。けれどたくさん傷つけられてきた。

「このままではずっと君は苦しむと思う。いくら捨てたつもりでも、お姉さんのこと引きずると思う。何より君がどこか自信がなさげにしているのが悔しいんだ。だから二人で挨拶に行って、僕たちの愛を見せつけよう。そうして、何の憂いもなく幸せになろう?」


 自分のことを考えてくれているディルに断り切れず、半年ぶりに実家に戻ることになった。

 久しぶりに会う、父と姉は二人の訪問を歓迎してくれた。家出をきつく責めることはなく、無事に戻ってきたことを喜んでくれた。

「・・・ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。」

「お前の気持ちをわかってやれなくて済まなかった。それで、ディル殿がお前の婚約者か?」

「はい。」

「私は平民です、マツリカさんが貴族と知らず出会いました。ですが、マツリカさんはこんな私についてきてくれると言ってくれました。必ず幸せにします。今日はお許しをいただきに来たのではありません、結婚を宣言しに参りました。」

平民が貴族の前で啖呵を切るのは相当の胆力が必要だっただろう。

マツリカは感動して、隣に座るディルを見た。ディルはちらっと姉を見て会釈をしただけであとはマツリカの方を見てくれた。これまで消えることのなかった胸の奥底に渦まく重りがスーッと消えていく思いだった。

「ははっ。そうか、マツリカはいい人と出会えたようだな。マツリカ、今後のことで少し話がある執務室に来なさい」

「え?でも・・・」

「マツリカ、私がお相手しておくわ。お父様のお話を聞いてらっしゃい。」

姉とディルを二人にしたくなかった。もしかしたら・・・

「大丈夫だよ、いっておいで。」

ディルが笑顔でそう言った。


 仕方なく父の執務室に向かった。

「なんでしょうか。」

「お前がいない間に、お前がこのフィネル男爵家を継ぐ手続きを済ませてある。」

「え?どういうことですか?」

「お前が彼と結婚するのなら二人でこの男爵家を守ってほしい。もちろん平民の彼は相当苦労するだろう、嫌な思いもするだろう。しかし頑張ってほしい。執事や他の者にも支えるよう言い聞かせておく」

「いきなりどうしたのですか?私は彼と平民として暮らしていきます。お父さまはまだお若いですし、それに男爵家はお姉さまが婿をとって継げばいいのではありませんか?」

「お前に継いでほしいのだ。いままで辛い思いをさせてすまなかった。お前の幸せを願っていたのは本当だよ。そのためにお前を支えてくれる婚約者を探していたんだ。」

「・・・。すぐに返事はできませんわ。」

「わかった。だがお前が継がなければこの男爵家は断絶となる、これで終わる。お前がそう望むのならそうしてくれても構わない。」

「お父様!何を言ってるのですか?お姉さまがいるではありませんか?!」

「そう決めたのだ。おまえのしたいようにすればいい。ディル殿としあわせにな。」

「お父様・・・」


 応接間に残ったディルはマツリカの姉のミントを見た。

確かに美しい。その微笑みも見る者の頬を染めるだろう。

「ディル様、貴方のような素敵な方がマツリカを守ってくださるなんて嬉しいわ。あなたのことをもっと知りたいですわ、今度二人でお話しませんか?」

「せっかくのお誘いですが、遠慮いたします。それから私は平民ですので敬称はいりません」

「あら、マツリカと結婚するなら私の弟になるのですもの。仲良くしましょう?」

そういってディルの手を握った。

「・・・貴方はこうしていつもマツリカから婚約者を奪っていたのですか?」

「誤解ですわ。私はマツリカの為にしているだけですわ。」

ディルはその手を外した。

「あなたたち家族のせいでマツリカはどれだけ傷つけられているか。」

「・・・貴方はマツリカが貴族だと知っていて?」

「いいえ、知りませんでしたよ。」

「マツリカと結婚しても男爵家の財産はあなたの自由にならないわよ、私が後を継ぐのだから。それでもかまわないのかしら」

「そんなものあてにしてませんよ。もう、結婚の報告はしました。マツリカを連れて帰ります。これ以上こんな家にいたくない。」

ディルは立ち上がった。

「もう少しゆっくりとしていらして。」

そのディルにミントは腕を絡めた。


そこにマツリカが父親と戻ってきた。

「ディル?!」

ディルはミントの手を振り払うと

「違うよ、誤解しないで。お姉さんが・・・」

「ほら・・・だから言ったじゃない!姉に会わせたくないって!!」

「マツリカ!落ち着いて。二人で帰ろう、もうここには来る必要がない。君を苦しめるなんて家族じゃない。」

マツリカを抱き寄せた。

「本当に?お姉さまの事・・・」

「馬鹿なこと言うな、僕はマツリカを愛してる。誰に迫られたって変わらないよ」

マツリカは涙をぽろぽろ落とした。

「・・・ありがとう・・・ありがとう・・」


「マツリカ、おめでとう。幸せになってね。」

 ミントは満面の笑顔でそう声をかけてきた。

「いつもいつもお姉さまがお相手の方を誘っていたのね?!どうして!ひどい!」

「あなたのためよ、あなたを傷つけてしまったのは謝るわ。でもこうして本当にあなたを愛してる人に出会えたでしょ?これで安心してあなたを任せることができるわ」

「ふざけないで!私がどんなに傷ついたと思ってるの!お姉さまなんか大っ嫌い!」

 ミントは寂しそうに笑うと、ディルに向かって頭を下げた。

「試すようなことをしてごめんなさい。この子の事、よろしくお願いします。」

黙って聞いていた父もディルに頭を下げた。

「この子をよろしく頼む」

そして二人は顔を合わせると頷いた。そしてマツリカの方に向き直った。

「マツリカ、幸せにな」

「あなたの幸せをずっと願っているわ」


二人はそういうと微笑み、すーっとその姿を消した。



「お父様?!お姉さま?!」

ディルも衝撃で言葉が出ない。

急にマツリカは頭痛に襲われ、崩れ落ちた。

「マツリカ!」

ズキズキする頭に手をやり、うずくまっていると急に頭の中に映像が流れてきた。

「あ・・ああ・・お父様・・お姉さま・・・」

父と姉が血まみれで倒れている。それを父に閉じ込められた本棚の隙間から見ていた。領地で家族で過ごしていたとき、盗賊に襲われ父と姉は殺された。

そうだった、もう何年も前に父も姉も亡くなっていたではないか。

どうして忘れていたのだろう?

「ごめんなさい・・・お姉さま!私ひどいことを・・・ごめんなさい!」


マツリカのことが心配で天に還らず、とどまってくれた二人。


マツリカを本当に幸せにしてくれる婚約者かどうか試して、不誠実な婚約者たちを追い払ってきた姉。マツリカを一人にしないため、次々と婚約をさせようとしていた父。


 すべてはわたしのために


それに思い当たり、マツリカは二人の名前を叫び号泣した。


 今日、ディルとマツリカは領地を訪れた。父たちの墓参りだ。

二人の墓の前でディルはこれまでマツリカを守ってくれていた事の礼をいい、これからは自分がマツリカを守り幸せにすると誓った。

 マツリカは最後に暴言を吐いたことを詫び、ずっとそばにいてくれたことを心から感謝した。二人のおかげで幸せだと報告をし、そしてこれからも側にいて欲しいと心の中で願った。

柔らかい風が吹き、お墓の周りの白い花々が揺れた。


「いつでもそばにいるよ」


そう聞こえた気がした。

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私のためだと家族が追い詰めてきます【コミカライズ化】 れもんぴーる @white-eye

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