私のためだと家族が追い詰めてきます【コミカライズ化】
れもんぴーる
第1話 前編
「マツリカ、ごめんね。また私のせいであなたの婚約が白紙に戻ってしまったわ。」
「いえ。」
これで3度目だ。家同士の縁を結ぶための政略結婚、貴族ならお互いそれを理解して歩み寄り、家族としての愛をはぐくんでいくのである。それなのに、これまでの婚約者は家族と顔合わせをするとみんな姉に懸想し、同じ政略結婚なら姉と婚約をしたいと変更を求めてきた。
別に婚約者を愛していたわけではない、それでも選ばれなかった事実はひどくマツリカを傷つける。そして姉が悪いわけではない、ただひと際華やかな容姿で、周りを思わず笑顔にするような微笑みと気の利いた会話ができる素敵な令嬢であるだけだった。
父の執務室に姉妹揃って呼ばれ、告げられたのは三度目の婚約解消の知らせだった。
「では部屋に戻ります。」
一度目、二度目はなぜだと悲しみ、怒りもわき父と姉に詰め寄った。しかしもう何も言うことはなかった。
「マツリカ。今までは相手が悪かったのだ、今度こそきちんとした婚約者を探すから我慢してくれ。」
「・・・お父様にお任せします。」
表情なく、頭を下げると自室に戻った。
今回、婚約解消を告げてきたオレガノとはうまくいくかなとかすかな期待をしていた。お茶会で顔を合わせ、時折、観劇や公園などに出かけ楽しい時間を過ごしてきた。そう思っていたのは自分だけだったようで、そろそろ家族同士の付き合いもしていこうとしたとき、やはり婚約者は姉に夢中となった。
「ふふ・・・みじめ・・・」
自室のソファーに座り、やっと泣くことができた。
父や姉の前では泣けなかった。優しい顔をして、親切なふりをして、マツリカを大切にしているかのようにふるまう人たち。
大嫌いだと思った。落ち込んでいる自分に次々婚約の話をもってきて、傷つけ続ける父、ごめんねと言いながら今回も家族の顔合わせには嬉々として美しく着飾り愛想を振りまく姉。そして魅力がなく婚約者を振り向かせることができない自分も。
マツリカは男爵令嬢、高位貴族ではないが領地経営がうまくいき、名前ばかりの高位貴族よりもよほど裕福だった。そのため二人の姉妹には釣り書きがたくさん届く。しかしマツリカの幸せを見届けてから自分の結婚は考えると言った姉は誰とも顔合わせをせず婚約者を決めることはなかった。
このままずっと自分は選ばれない寂しい人生を送るのだと思った。マツリカは苦しくて、もう家族のこともすべて忘れて天に召された母の元に行きたかった。
その晩、荷物をまとめると明るくなるのを待ち、家の者には友人の家に行くと言い残して家を出た。
夕暮れ時になっても、マツリカが帰ってこない。はじめて異変に気付いた使用人が男爵と騎士団に連絡した。血相を抱えて戻ってきた男爵は使用人皆に探すように命じた。騎士団は女性が巻きこまれた事件や事故がないかを調べたり、辻馬車や国境の出入りを確認した。
3度も姉に婚約者の心を奪われ、婚約解消されどんなに傷ついただろう。だからそれを癒すため、すぐにでも次の婚約者を見つけるつもりだったのに。男爵はマツリカがもう帰ってこないかもしれないと気が付き、愕然として座り込んでしまった。
姉のミントも可愛い妹を大切にできないような婚約者たちに腹が立っていた。本当にマツリカを大事にしてくれるのかどうか心配で、婚約者を誘惑して靡くかどうか試したが、全員が見込み違いと分かり婚約が解消になるよう誘導した。3人目のオレガノだけは靡かなかったが、男爵家の資金力が目当てだった。男爵家を継がないマツリカと婚姻を結んでも援助はできないが構わないのかと伝えると、すぐに婚約者を妹から自分に変えるよう手紙が来た。
マツリカの幸せの為に、婚約者をふるいにかけてあげているのだ。少しの嘘や誘惑は許してほしい。マツリカも感謝するはずだ。
マツリカは、街に出てまずドレスを売り、古着屋で平民が着る服を買った。それに着替え、髪結いで髪を売った。完全に雰囲気を変えたマツリカは馬車に乗りこの地を離れた。これからの生活に当てはないが、まずは母との唯一の思い出の地に向かうことにした。
森の中にある、天気によって色が変わる湖。ここは家族4人で訪れたことがある。美しい景色の中でマツリカの髪を可愛く編み込み、花の冠をつけると鏡のような湖面に映してくれた。ここにきてしばらくして母は急な病に倒れてなくなってしまった。
湖面を眺めてしばらく佇んでいたが、マツリカはこの森のそばにある街に宿を取った。ここから森まで通うのは簡単だ、気がすむまで湖を見てこれからのことを考えることにした。家を出たときのような、一刻も早く母のもとに行きたいという気持ちは消えていた。生きていくうえで必要な住みかとお金を確保しなければならない。当面は持ってきたお金とドレスや髪を売り払ったお金でしのぐつもりだが、今後のことを考えると仕事を探さなくてはいけないだろう。
「まあゆっくりでいいか。」
これまで令嬢としての教育、経営の勉強・補佐、婚約者との義務など忙しく、このようにゆっくりする時間はなかった。しかし髪とともに令嬢という立場は捨てた。もう家名の為に無理に結婚する必要はないのだ。そう思うと気が楽になった。
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