にくにくしい本屋

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

ぬくもりのある本

 人間は情報だ。

 その人生から、細胞の一つ一つ、遺伝子の最小単位まで、すべては〝情報〟によって構築される。


 この世に産まれ堕ちた瞬間から開始される脳みその演算回路。

 生殖によって数を増し、未来へと伝達される生存方法。

 最適化、再構築、拡張。


 生きると言うことは、情報を増やすことだ。


 しかし、情報化社会が極まるにつれ、我々人間種が出力する情報というのは、飛躍的に増加した。

 叫びは言葉に。

 壁画は絵画に。

 粘土板に刻まれていた文字は、書物に。


 書物はやがて、インターネットへと登り。

 アナログが、デジタルになった。


 それはなんだか自分を構成する情報因子が、だんだんと無機物化していったようで、実に冷たい質感と理知的な錯覚を与える。


 理知的。

 冷たい。

 ならば対極はなんだろうか?


 答えは、本能的で温かいということになるだろう。


 いま、私の目の前にある一軒の本屋は、確かに温かかった。

 なんとも〝にくにくしい本屋〟である。

 けっかん住宅とでも言えばいいのか。

 いくら何でもスリムアップが必要な暑苦しさだ。


 私は本屋へと入っていく。その必要性があったからだ。

 店番は、たえず身体を揺すっている店主がひとり。

 店主はこちらに気が付くなり「あるよ」と告げた。

 

 先回りされたようで心地よくなかったが、それでも首肯し、一冊の本を受け取る。

 酷く温かなぬくもりに満ちた本であった。

 吸い付くような手触りがあり、毛羽立っている部分もなめらかだ。

 愛おしげに表紙を撫で、早速〝中〟を拝見する。


 この本がどのようにして成立したか。

 いかに作り手に愛され、順風満帆の物語を紡いできたかがそこには記載されている。


 どうにも汗ばんで、しくしくと涙がこぼれることには辟易したが、私は購入を決断した。

 読み甲斐のありそうな本だったからだ。


「次は、男にしておくよ」


 店主の言葉を受けながら、私は意気揚々と帰途につく。

 この手に。


 ――赤ん坊一冊の本を、握りしめて。

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にくにくしい本屋 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo

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