番外編5 ハロルドとアイザック(BL)
❖ご注意ください。BLです。ネット書籍化記念。数日限定の投稿になります。
「僕は……ルディのことが好きなんだ」
「うん、知ってる。俺もアインが好きだし」
「今更なんだよ」みたいに言っているけれど、「ルディの好きと僕の好きは種類が違うんだ!」と、アイザックは心の中で叫ぶ。
「えっとさ、今まで知り合った人全員の中で、一番好きなんだよ」
「それは俺だって」
だから、友情の好きじゃないんだって。
「でも、今のおまえの一番は彼女だろ?」
「……知り合いの女子の中なら、まぁそうだろうな。他の娘はみんな友達としか見てないから。でも、ナンシーとアインか……、ぶっちゃけアインだな。あいつには内緒だぞ。面倒くさくなるから」
アイザックは頭を抱えたくなる。そこは彼女だと言って欲しい。諦められなくて、物理的に離れようとしているのに、決意がグラグラと揺らいでしまうじゃないか。
「僕の好きとルディの好きは全然違うんだよ!僕は恋愛対象としてルディが好きなの」
気持ち悪いと言われるだろうか?騙されたと怒るだろうか?
アイザックの好きなハロルドならば、男が好きだと言う奴がいても、「それは個性だからいいんじゃない」と、笑って受け入れるような奴だ。でも、恋愛対象にされた挙げ句、それを黙ったまま友人面をしていたアイザックを受け入れてくれるかはわからなかった。
恐る恐るハロルドを見ると、ハロルドは純粋に驚いているだけに見えた。
「いつから?」
「初めて会った時から。川に落ちたのを助けてくれただろ?実はあの時、ルディに一目惚れして、動揺しまくって足を滑らせたんだ」
ハロルドは、ブハッと吹き出す。それを見て、嫌悪感はないようだとアイザックはホッとした。
「マジかよ。俺ってそんなに衝撃的なイケメンだった?」
「僕にはね」
「実はさ、俺もあん時すげえ衝撃受けたんだよな。おまえを助けた後さ、びしょ濡れになったからっておまえの家で一緒に風呂に入らされただろ。俺さ、おまえのこと美少女だと思ってたから、俺と同じモンがついてたのがショックでさ」
「美少女?女の子だと思って助けてくれたの?」
「いや、まぁ、飛び込んだ時はなんも考えてなかったけど、顔を見たらさ。おまえ、無茶苦茶可愛かったじゃんか。こんな美少女見たことないって思って、心臓バクバクしたもん」
今は可愛い要素なんかどこにもないが、好きな人に可愛いと言われて嬉しくない人間はいないと思う。アイザックは照れたように微笑んだ。
「今思うと、あれが俺の初恋だったかもな」
初恋……。そう言ってもらえただけで、アイザックは一生ハロルドしか好きになれなくてもいいかなと思えた。これから会えなくなっても、思い出だけでも十分だ。
「そっか……、両想いの時もあったんだね。フフフ、本当に女の子だったら、ルディと恋人になれたかもしれないのにな。僕はさ、初恋が持続中なんだよ。最初はさ、友達として一番近くにいられたらって思っていたし、告白するつもりなんかなかったんだ」
「じゃあなんで?」
アイザックはせつなそうに目を細め、膝の上で自分の手をギュッと握った。
「辛いんだよ。僕の知らないルディを知っている女の子がいて、ルディの隣に当たり前な顔をして座るんだ。それを、これから先、友人として一番近くで見てなきゃいけないことが、死ぬほど辛い。だから、ごめんね。僕はルディから逃げるんだ」
「つまり、俺から逃げる為にペアを解消して、一人で辺境へ行きたいってことか?」
ハロルドの問いに、アイザックは「イエス」と簡潔に答える。
暫くの沈黙の後、ハロルドの低く響く声にアイザックは呼吸が止まりそうになる。
「そうか……わかった」
自分から縁を切るようなことを言っておいて、いざとなったらハロルドが引き止めてくれるんじゃないかって期待していたのかもしれない。ハロルドにとって、自分の存在はそんなに軽かったのかと、アイザックの瞳から涙が一筋流れた。
「どうした?!なんで泣くんだよ。どっか痛いのか?アイン?」
ハロルドはズボンのポケットを漁ったり、辺りを見回したりして、涙を拭く物を探していたが何も見つからず、アイザックの頭を自分の胸元に引き寄せた。
「ハンカチないからな。鼻水拭いてもいいぞ」
「……出ないよ、バカ」
最後だから……。
固い胸板は子供の時よりもずっと逞しくなっており、ハロルドの匂いに包まれて幸せを感じる。
「……ありがとう、ルディ」
「泣き止んだか?」
「うん」
いつまでもこうしていたい、せめて今だけは……。
ハロルドにハグされた体勢のまま、アイザックは自分から離れることができずにいた。
「よし!」
「……よし?」
気合いを入れるようなハロルドの声に、アイザックは顔を上げてハロルドを見た。そのあまりに近い距離に、アイザックの頬が赤くなる。それを見て、再度ハロルドは「よし!」と言う。
「だから、そのよしって何?」
「決意表明?みたいな」
「だから、なんの?」
「アインと付き合えるかどうか、色んなシュミュレーションをしてみたんだけど、全然余裕だった。むしろ、興奮する?」
「何を言ってるのさ?さっき、そうかわかったって……。僕が辺境に行くって決心したことを理解したんじゃないの?」
ハロルドはアイザックの背中に手を回し、しっかりと抱き寄せてきた。
「違うけど。アインがそれくらい俺のことが好き過ぎるってことがわかったってこと」
それはその通りなんだが……。
「その上で、おまえのことを恋愛対象として、ぶっちゃけHも込みな関係で付き合えるかって考えたら、余裕だった。そんで、『よし』って思ったら、言葉に出てた」
「ええッ??」
アイザックはパニックに陥った。ハロルドの言っている言葉はわかっても、意味を理解することができない。いや、理解はできても信じられないと言うべきか。
「まぁ、証明するのは、彼女と別れてからだよな」
「証明……別れる……えッ?」
「俺、ちょっと最低なこと言うぞ。俺のこと無理とか思うなよ」
「う……ん」
ハロルドは、靴を脱いでベッドに上がると、何故か正座の姿勢をとった。
「彼女と付き合ったの、ぶっちゃけ勢いでHしたからで、いまだにまだ好きとかいう感情までは行ってないんだ。本当、自分でも最低だったと思う」
「いや、そういう話もよく聞くし、そういう恋愛の始まりもあるんだと思うよ」
アイザックには無理だけれど、好きな娘がいなかったハロルドならば、体から始まる恋愛だってあってもおかしくはない。
「いやさ、さっき、アインがキャサリンにお持ち帰りされたのを見て、本気で嫌だったんだ。多分、自分でも気がついてなかったけど、俺もアインのことが好きだったんだろうな。それなのに、ちょっとした好奇心に負けて、俺は……」
好き……?
「……」
「で、あんな嫌な思いをアインにさせてたのかと思うと、本気で申し訳なかった!」
ハロルドは頭を深々と下げた。
「いやいや、頭を上げてよ」
「いや、俺を殴れ!」
「無理だよ」
「殴ってくれ!ボコボコにしてくれてかまわない。それで、チャラになるとは思わないけど……ぶっちゃけチャラにして、俺の恋人になって欲しいんだ!即行彼女と別れるから」
ハロルドは、手をついたまま頭だけ上げて、真剣な表情でアイザックを見上げた。
「そんなの……殴る必要なんかないよ。ルディの恋人にしてくれるの?本当に?嘘みたいだ」
アイザックは、ハロルドの首に抱きついて泣いた。今まで生きてきた中で、嬉し涙を流したのはこれが初めてだった。
それからのハロルドの行動は速かった。
まだアイザックが寝ていた早朝、ナンシーがパン屋に出勤する時間の少し前にナンシーのアパートを訪れた。そして、正直に「アイザックのことが好きだから別れてくれ!」と土下座し、鞄でボコボコに殴られた末に、なんとか付き合いを解消してもらえたのだ。顔に青タンを作ったハロルドは、騎士団寮に戻るとすぐにまだ寝ていたアイザックをキスで起こした。
「大好きだ、アイン」
「……ルディ?ルディ、その顔は?!」
「別れてきた」
「え?いつの間に……」
泣き疲れていつの間にか眠ってしまったアイザックからしたら、ついさっきお互いの気持ちを確認したばかりで、ちゃんとした恋人同士になるには数日……下手したら数週間はかかるんじゃないかと思っていたのに。
「なぁ、証明していい?」
「え?」
「正真正銘の恋人同士になるってこと、H込みの」
ニヤリと笑うハロルドに、アイザックは蕩けた笑顔を向けた。
お一人様で生きていきたいのに、前世の旦那様にロックオンされていて困ります 由友ひろ @hta228
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