番外編3 ハロルドとアイザック(BL)

❖ご注意ください、BLです。

ネット書籍化記念、数日限定の投稿になります。







 その晩、ハロルドは帰ってこなかった。彼女の家に泊まったんだろう。

 それからも数回ハロルドの無断外泊はあり、アイザックはその度に眠れない夜を過ごした。


「ナンシーがまたアインと飲みたいって言ってたぜ。なぁ、今日なら明日は夜勤だから昼までオフだろ。飲みに行かないか?あいつ、毎回アインを連れて来いってうるさいんだ」


 日勤の仕事終わり、鍛錬場へ向かおうとしていたアイザックに、ハロルドは肩を組んで話しかけてきた。

 アイザックは、そんなハロルドの手をバッと振り解いてしまう。ナンシーに触れている手で触られたのかと思うと、つい拒否反応が出てしまったのだ。


 自分の中に溢れる嫉妬や憎悪という感情を持て余し、空いた時間は鍛錬場で黙々と体を鍛え、無心の境地を目指した。最近剣を振る度に頭の芯が冴え、雑念を閉じ込められたと思っていたのだが、ハロルドの悪意ない一言で、ナンシーに対する憎悪が膨れ上がってしまう。


「いや、僕も今日はやりたいことがあるから」

「え?そうなのか?じゃあしょうがないよな。また今度行こうぜ」


 不自然な形でハロルドの手を振り解いたのに、ハロルドは気にしていなさそうにニカッと笑う。


「ごめんな」

「気にすんな。それにしても、おまえ、一回りガタイがデカくなってないか?」


 ハロルドに胸元を触られ、アイザックはドキリとしてしまう。男同士ならば普通の触れ合いだし、意識しているのはアイザックだけ。そう思うと、高鳴った胸もすぐに落ち着いた。


「最近、ルディがデートで忙しいからな。僕は鍛錬しかすることないし、そうしたらなんか鍛錬するのが趣味みたいになっちゃって」

「じゃあ、今から?」

「うん、そう。寝る前に体を動かさないと、なんか気持ち悪くて」

「ふーん、じゃあ俺も今日は鍛錬しようかな」


 鍛錬場の方向に歩き出すハロルドの後を、慌ててアイザックも追いかける。


「いいのか?彼女と約束してんじゃないの?」

「ああ、なんか友達と飲んでるから合流してとか言われてる。友達がいるなら、俺がいなくても大丈夫じゃないか?あいつの友達がいんなら、アインに女の子紹介できるかなとか思ってさっき誘ったんだけど、あっちがフリーかもわかんねぇしな」

「紹介とかは……考えないでくれるとありがたいんだけど」

「おまえ、人見知りだもんな。せっかくのイケメンなのにもったいねぇよ」


 ハロルドがこの顔にときめいてくれるのならばまだしも、無駄に良い顔なんかなんの役にもたちゃしない。


「約束してるなら、行ってあげた方がいいんじゃないか?友達にルディを紹介したいのかもしれないし」

「だろうな。今までも、何人かの友達に紹介されたんだけど、俺が友達と話すとむくれる癖に、なんでそんなに紹介したいんだか」


 それは、友達に騎士の彼氏を自慢したいだけなんだよ。彼氏自慢をして、友達にマウントを取っているんだ。……と教えてやりたいが、そんなことを言って、ハロルドの彼女の悪口を言う奴だなんて思われたくない。


「紹介したいけど、他の女性に目が行くかもって不安なんでしょ」

「他の女性って、彼女の友達に手を出すようなクズじゃないぞ、俺は」


 ハロルドの彼女は、自分の彼氏の親友に色目を使ってきたけどな。


「ルディがそうとかじゃなくて、ほらそれだけ好かれてるってことだよ」


 なんで、僕が彼女のフォローをしなきゃなんないのか。


「そうかな」


 彼女に好かれていると聞いてニパッと笑うハロルドは、そんなに彼女のことを好きなのかと、アイザックの胸にモヤモヤがこみ上げる。


「僕、やっぱり行こうかな」

「え?」

「最近、飲みに行ってなかったからさ、やっぱり飲みに行きたいかも」

「そっか。じゃあ、会ってみて苦手だと思ったら、うちらだけで飲んでてもいいよな。ナンシー、人懐っこいけど、あんまアインの得意な人種じゃなかったんだろ?やっぱり類友で、友達も同じタイプかもしれないしさ」

「元々、得意な人種があまりいないから、そこは気にしないでいいよ」


 ハロルドは、人付き合いの苦手なアイザックに、色んな種類の友人を紹介してくれた。学生時代に沢山の友人ができたのも、そんなハロルドのおかげだし、自分と見識の異なる人間と親しくなることで、視野もかなり広がったと思う。

 ナンシーとは絶対に親しくはなれないとは思うが、二人を見ていればいつかは自分の気持ちに整理がつくかもしれない。


 それから二人は私服に着替え、ナンシーと友達がいるという肉バルに向かった。

 そこは、騎士達と行くようなオヤジ臭い居酒屋ではなく、お洒落な雰囲気で、女性のみの客やカップルが多い店だった。


 アイザック達が店に入ると、女性客達の視線がアイザックに集中した。アイザックはその視線を鬱陶しく感じ、髪の毛で少しでも顔を隠そうと、横に流していた前髪を下ろした。


「ルディ!」


 ナンシーがわざとらしく大声を出し、手を振ってきた。自分達の連れだと、周りにアピールしているようだ。席を立ってハロルドの元にくると、グイグイとハロルドの袖を引っ張って少し離れたところへ連れて行く。


「やだ、アインも連れてきたの?」

「だって、アインとまた飲みたいって、前に言っていたじゃん」

「言ったけど……それは三人でってことで……。あの子、人見知りが激しいの。だから、アインに会ったら緊張しちゃうんだよ」

「なら、俺がいても駄目じゃね?別に、俺ら別に飲んでてもかまわないけど」

「それは駄目!もういいよ!席行こ」


 何を怒っているのかわからず、ハロルドは離れたところで待たされているアイザックに首をすくめて見せた。


 アイザックも連れて、ナンシー達の座っている席に行くと、今度は座る位置で一悶着あった。ナンシーは、自分の両隣にハロルドとアイザックが座るように言い、四人なのに三人と一人で向かい合って座るのは不自然過ぎるだろうと、ハロルドは主張する。ナンシーは、アイザックと自分の友達は初対面だから、隣に座らせるのは気まずいと思うと、いかにも正論というふうに言っているが、良い男を二人侍らせたいという気持ちがバレバレだ。ハロルドは、ならば自分とアイザック、ナンシーと友達が並んで座ればいいだろうと言い返す。


 アイザックは、そんな二人を横目にナンシーの友達の隣に腰を下ろした。


「隣いいかな?」

「はい!喜んで!」


 ナンシーの友達はキャサリンという名前で、キャシーと呼んで欲しいと、アイザックに前のめりで言ってきた。キャシーはやはりナンシーの友達だけあって、かなりガツガツした肉食女子で、椅子ごとアイザックに突進してくる勢いで距離を詰め、さらには「筋肉ヤバイ!」とか言って必要以上にボディータッチしてきた。


 二人っきりでこれをやられたらさすがのアイザックも身の危険を感じるが、店の中で個室というわけでもなく、周りには人の目は沢山あるし、アイザックは然りげ無くかわしながら、キャシーと会話しつつ食事をした。逆に、キャシーがあまりにガツガツ来るから、目の前のハロルド達に意識が行かずに助かったくらいだった。


 ナンシーは超絶不機嫌で、ハロルドも最初は気を使っていたが、最後は放置でアイザック達の会話に入ってきた。


「ね、これ以上ナンシー達と一緒しちゃうとナンシーに悪いから、別行動しない?」


 ナンシーがトイレに立った時に、キャシーがアイザックの太腿に手を置きながら囁いてきた。


「別に、俺らのことは気にしないで。なんなら、二人の邪魔をしたのは俺とアインだから、俺らが撤収するし。二人、久しぶりに会ったんだろ?」

「全然大丈夫。会おうと思えばいつでも会えるし、恋人同士の邪魔はしないわ。それよりアインさんと……ね?」


 キャシーに腕をとられて立ち上がり、アイザックは引っ張られるように店を出て行ってしまう。トイレから戻らないナンシーを置いても行けず、ハロルドはアイザックの後ろ姿とトイレの方向を交互に見て、オロオロとするしかなかった。





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