番外編2 ハロルドとアイザック(BL)


❖ご注意ください、BLです。ネット書籍化記念、数日限定の投稿になります。





「初めましてぇ、ナンシーで〜す」


 胸元が大きく開いたワンピースを着たナンシーが、ハロルドの隣に座ってアイザックに媚びた笑顔を浮かべている。こんな下品な女のどこがいいんだと思いながらも、アイザックは一応愛想笑いを浮かべて挨拶をする。ハロルドは自分の物とでも言いたいのか、ベタベタとくっつき、自慢の胸をハロルドに押し付けている。不愉快極まりないが、ハロルドがニヨニヨしているんだから、アイザックはなるべく見ないようにするしかない。


「アインは平民なんだよね。貴族のご落胤みたいな顔してるのにね」


 顔をマジマジと見られ、馴れ馴れしい口調で話しかけられて、アイザックは表情には出さなかったが、内心では盛大に眉をひそめていた。


「ただの平民ですよ」

「アインが貴族だったら、第一騎士団にだって配属されるでしょうに。もったいないわ」


 どこの騎士団だろうが、アイザックには興味はない。そこにハロルドがいるかいないかだけが、アイザックには重要だからだ。

 それにしても、ナンシーの視線が鬱陶しすぎる。ハロルドにベタベタしながらも、アイザックにも流し目を送ってくるところとか、女女し過ぎていて吐き気がした。ハロルドはナンシーのそういうところは気にならないのか、出てきた料理を美味しそうに口に頬張り、なんとも幸せそうだ。


「駄目だよ、ナンシー。アイザックが第一になんか配属されたら、俺とペアになれないじゃんか」

「ルディってば、アインのこと好き過ぎ!初めて会った時だって、ずっとアインのこと話してたんだから」

「おまえらがアインのことを聞きたがったんだろ」

「だってぇ〜、アインって騎士団の王子様って有名なんだもん。ウフフ、アインと飲んだなんて言ったら、みんな羨ましがるわ」

「じゃあ、アインに友達紹介してやってよ。アイン、フリーだからさ」


 アイザックは食欲がわかず、ワインばかり飲んでいたのだが、ワインを注ごうとした手が止まった。


 アイザックの中では、ナンシーはハロルドの彼女というだけで世界で一番嫌いな人間なのに、その友達になんか会いたくもないし、何よりもハロルドがアイザックに女子を紹介しようとしたことにショックを受けた。友達なんだから、ハロルドは良かれと思って言ったんだろうけれど、完全に自分はハロルドから論外だと言われたかのように思えてしまった。


 ヤバイ……泣きそうだ。


「アインに釣り合うような友達なんかいないよォッ。みんなガツガツしてて下品だもん。王子様の相手なんかムリムリ」


 類友ってやつだ。それにしても友達を下品とか、そう言う自分が一番下品だと気が付かないのだろうか?


「僕もまだいいかな。今は騎士団に入ったばかりで、仕事をするだけでいっぱいいっぱいだから」

「まぁなぁ、日勤だ夜勤だまちまちで休日も取りにくいし、なかなかデートもできないもんな。アインとはペアだから休みも合うけどさ」

「エーッ!デートしたいよ。友達にも彼氏紹介するって言っちゃったし、毎日だって会いたいのに」


 巨乳をハロルドの腕に押し付け、甘えた声でわがままを言うナンシーは、騎士のハードな生活なんか理解するつもりはないのか、あくまでも自分の生活にハロルドを合わせようとする。


「そうだ、巡回の時はうちのお店に必ず寄って。あと、寮じゃなくてうちに住めばよくない?そうすれば毎日会えるし、……いっぱいできるよ」


 最後のところはハロルドの耳元で囁いていたが、アイザックにも丸聞こえだ。


「どっちも無理かなぁ。だよなぁ、アイン。勝手に巡回経路を変えられないし、寮にいるのは有事に備えてだから」

「そうだね。一年目でそんなことしていたら、下手したら除隊かも」

「ええッ?!だって、友達の彼氏は普通に毎晩泊まりに来るって言ってたわよ」


 唇を尖らせて、可愛く怒ってますアピールをしているが、友達の彼氏は彼氏、ハロルドはハロルドだということもわからないのだろうか?


 騎士二年目までとそれ以降では雲泥の差なのだ。本当は二年目までは無断外泊はNGで、基本は騎士団寮に入寮することが義務付けられている。三年目以降は、自分でアパートを借りてもいいし、ある程度自由は認められているが、居場所はわかるようにしておく必要があった。


 まぁこれは建前で、飲み過ぎて朝帰りなんてこともあるし、娼館に行く騎士だっている。たまにだったら、バレれば説教をくらったり始末書を書かされるのだが、それを繰り返せば、騎士を続ける意思なしとみなされて除隊も有り得た。


「友達の彼氏は騎士三年目以降なんじゃないかな。騎士は、勤続年数で縛りがあるから」

「そ。今の俺らは基本休みなし、昼も夜も縛られているんだよ」


 明らかに不満そうなナンシーだが、ハロルドはそんなことはあまり気にしていなさそうだった。


 食事が進み、ハロルドがトイレに立った時に、ナンシーがアイザックの隣の席に移ってきた。


「アインってさ、ルディと昔からの仲良しなんでしょ?」

「まぁ、幼馴染だから」

「じゃあさ、今度ルディのことで相談したいんだけど、二人で会えないかな?」

「二人で?」


 ナンシーがアイザックの太腿に手を置く。


「うん、二人で」


 ハロルドのことで相談と言っているが、明らかにアイザックに色目を使っているナンシーに吐き気がする。


「悪い、二人のことは二人で話し合った方がいいと思う。僕はこれで失礼するから、ハロルドには飲み過ぎたから先に帰ったって伝えといて」


 アイザックは、立ち上がることでナンシーの手を振り払うと、ワイン分のお金をテーブルに置いて足早に店を出た。


 店を出てズンズンと歩いたアイザックは、角を曲がったところでしゃがみこんだ。酔ったせいではなく、精神的ダメージが酷く、涙がこみ上げてきた。


「なんであんな女なんだよ……」


 今まで彼女がいなかった弊害か、ハロルドの許容範囲が無茶苦茶広いのか、親友だって言っているアイザックにまで色目を使うような節操のない女を選ぶなんて!


 アイザックは、壁に寄りかかって地べたに座ると、髪の毛をかき上げて上を向いた。下を向いていたら、涙が溢れてしまいそうだったのだ。


 ハロルドは、どんな相手でも良い面を見つけて友達になる天才で、しかも悪いところは個性の一つと受け流すことができる、コミュ力の塊みたいな男だった。犯罪者でさえ、ハロルドに捕まると仲良くなった結果、なんでもペラペラと自供し、さらには余罪まで暴露してしまう始末。まだ一年目にも関わらず、犯罪立証率が群を抜き出ていた。


 そんなところはアイザックからしたら自慢のペアで、恋愛感情を抜きにしても、尊敬できる友人であり同僚でもあったのだが……。

 なにも、女性面でも問題ありの女を受け入れることないじゃないか。ハロルドは、広い心で彼女の尻軽な面や自分勝手な発言も受け入れているのかもしれないけれど、そんな女にすり寄られているのを見なければならないアイザックのことを考えて欲しかった。せめて、純粋一途にハロルドに向き合うような女性が彼女ならば、ハロルドの幸せを喜んで……は絶対に無理だな。


 恋愛感情を隠して、一生一番近い位置にいられればと思っていた。そのために努力もしていたが、一生一番近い位置にいるなんて無理だって、今日つくづく理解した。あの女とはすぐに別れるかもしれないが、第二第三の女がすぐに現れるだろう。ハロルドが女の手を取る横で、今日みたいにただ見ているしかできないのかと思うと、絶望しかなかった。

 今までは、何を思い出してもお互いがその記憶の中にあった。しかしいつか、ハロルドの中にはアイザックよりも深い繋がりを持つ相手が現れるんだ。その相手と、今までアイザックと過ごした時間よりも濃厚な時間を過ごして行くんだろう。アイザックのことを置き去りにして……。


 自分は、そんなことに耐えていけるのか?


 アイザックは、月を見上げてしばらく動けずにいた。



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