第28話

ドワーフは成人の儀は年四回ある。


季節に一回、その年のその季節に産まれたドワーフたちが、綺麗な晴れ着を纏って神殿にやってくる。それまでは学校に通っていたドワーフの子供は、明日から授かった魔道具をもって仕事を始めるのだ。


イヨは最奥の一段高いところにに白地の着物に朱色で細かい刺繍のされた着物を着て座っていた。まさに白い巫女だなあと鏡に写る自分をみて、イヨは苦笑する。


レースに似た布のベールで顔を隠しており、国の中枢である長老たち以外は中の巫女がイヨに代替わりしたことは知られていない。




ロックパディ鍛冶屋の娘イヨは、現在、姫巫女になっていた。


巫女の仕事の殆どはそこに存在することだとイクオミに説明されていた。その存在は象徴でしかない、と。ただ、年四回の成人には自分の魔道具を持って、魔方陣の前にいることが一番の仕事だとも。




目の前には、緊張している成人なりたてドワーフが家名と名前を名乗っている。その緊張具合にイヨは自身の成人の儀を思い出し、微笑ましく思う。


後ろに立っているイクオミを振り返って見ると、ゆっくりうなずいている。イヨは手に持った自分の魔道具の鏡を握りしめる。


魔方陣から魔力が渦巻くのが、巫女になったイヨにはみえる。


どういう理屈かわからないが、イヨが魔道具かがみを使って救われた人々の魔力が成人の魔道具を産み出すらしい。神殿の人はそれは魔力が巡ると呼んでいた。今まで様々な魔道具を持つ巫女が居たが、鏡、勾玉、剣の魔道具が一番多いためその魔道具を承ったドワーフは記録されているらしい。前世日本人の記憶を持つイヨは「そりゃ三種の神器じゃ」など思ったのだ。




魔道具を使って人を救ったなどイクオミや神殿の人に言われたが、未だになにもした覚えもなく、単に可愛くないふさふさの顔の毛を剃っただけなんだけどなあ……と思うイヨであったが―――。


それはそうとして、求められた仕事バイトはこなさねばならない。それなりのバイト代も貰えるわけだから。




「成人おめでとう。そなたの魔道具を贈ろう。」




ちょっと余所行きの声を出してからイヨが手を伸ばすと、手元にある鏡が光輝きだした。それに呼応するかのように、イヨの前に置いてあった朱色の布の上に白い光の魔方陣が現れる。何度見ても不思議な光景だ、と思った。




魔方陣が回転するように上昇すると、宙に白い塊が浮かび上がり、その中心から朱色の光が一閃、輝く。




眩しさにイヨは、目を閉じた。


一息ついてから、ゆっくり目を開けると新成人のドワーフに相応しい魔道具が出来上がっていた。




「―――これがそなたの魔道具じゃ。手に取れ。」












儀式が終わると、プライベートスペースでベールと白の着物を脱ぐ。ジャージー素材のフーディを着てるイヨは、到底神秘的な巫女には見えない。前世の記憶からも、どこにでもいる普通の女の子にしか見えないと我ながら思っている。


結局イヨは年四回、巫女のバイトをすると言う約束になった。神殿の巫女ではないので、パートタイマー巫女だ。


儀式以外の期間は今までと同じ、総合美容会社ビューティーローズで化粧品の開発をしたり、ジャージー素材の服のデザインを書いたり、採掘ダンジョン"朱あかい森鉱山"の温泉に入ったりしている。やりたいことはいっぱいある。最近はサチコさんところで、料理を習ったりもしているし、ロックローズタワーのダンス曲も新曲を練習している。カイやシンと今度はT字カミソリの開発もしている。


普通の女の子のドワーフとは言えない仕事量かもしれない。でも、充実していて楽しく生きている。








部屋をノックする音がして、返事をすると神殿の長老イクオミが入室してきた。長老たちを集めて政治を行うだけでなく、巫女の世話までする働き者だ。


何度か顔を合わせるうちに、イヨは怖い顔にも慣れてきた。顔が怖いだけで、中身は優しい。8人目の兄みたいなものだ。


そんな兄が慌てている。




「先代の行き先がわかったとは、本当か?」


「イクオミ様、慌てるのもわかりますが、落ち着いてください。まず、腰かけてくださいよ。お茶もいれますから。」


「先代は……一応、二人きりの、肉親だからな。つい。」


「……そりゃ、心配しますよね。」


魔道具のポットから熱い湯を急須に注いで、カップにお茶を入れる。サチコさんに教わった緑茶が湯気を立てている。イクオミの前に置くと、鞄から手紙を取り出した。




「2番目の兄から梟便で手紙が届いたんです。」


「冒険者になって、世界を旅しているという……杖スタッフを授かったドワーフだな。」


「はい。カエデ兄は得意の魔術を生かして冒険者として世界各地を旅しているんです。今は里帰りしようと、隣国まで来ているんですが、マト大国のランタ湖近くの村に滞在しているそうです。」


「土鬼ノーム族の国だな。不仲の国ではあるが、確かに行き来は出来ないわけではない。」


「そこの冒険者ギルドでモモと名乗る回復職ヒーラーと臨時パーティーを組んだって書いてあるんだけど、その小柄な女性が勾玉を持っていたそうなんです。」


「…………!! 」


「ドワーフとは名乗らなかったそうですが、勾玉って他に持っている人はあまりいないですよね? 」


「……ああ、勾玉はレアだ。それに、モモとは、私の姉の名だ。―――無事だったんだな……。」




カエデからの手紙に目を通したイクオミは、両手で顔を隠して肩を震わせていた。手前のテーブルで、お茶の湯気も揺れてた。


泣いているイクオミを直視するのはどうかと思って、窓の外を見る。ユキホムラは秋の紅葉を迎えていた。カラフルな葉が風に揺れている。


イヨも大好きな兄たちの誰かが、安否不明だったらこうなるだろうなあと思った。想像するだけで胸が痛い。




カエデからの手紙には幼い頃から冒険者に憧れていたモモが、自由に迷宮を動き回る様子が描かれていた。まだ冒険者として経験の少ないモモの悪戦苦闘も、なぜかとても楽しそうだと言う。カエデはモモと気があったのか、しばらく彼女とマト大国で迷宮攻略をしたいと書いている。有名な迷宮都市に向かうと言う。久しぶりに会いたいのだけど、まだまだ里帰りには遠そうだ。


梟便には、手紙と一緒にマト大国の布や糸などのお土産が入っていて、明日からはこれで何を作るか考えるのがとても楽しみだ。




(私の『ものさし』か……)




イヨはただ前世の記憶から、毛深いドワーフが嫌でまずは顔の毛を剃っただけ。誰かにどう見られるかなんて考えもせずに、自分がこうありたいと髪や肌、服を工夫しただけ。だけど、自分にはわからないがそれがドワーフを救っていたと言われ、結果、仕事バイトでこの国のトップの巫女をしている。意味がわからない。




「この先もおぬしの『ものさし』で、このユキホムラを導いて欲しいものよ。」




先代の巫女モモの言葉のように、この国を導くなんてイヨには難しすぎる。イヨはただのドワーフの女の子だ。懐から取り出した魔道具の鏡には、美人ではないが普通の顔に毛のないドワーフの女の子が写っている。少し口元に産毛がみえる。イヨは自分のほほを撫でながら呟いた。




「―――私に出来るのは、生え始めた産毛を剃ることだけかな。」




今日もドワーフのイヨは、顔の毛を剃るのだ。

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異世界転生して毛深いドワーフになってしまったので、まずは顔の毛を剃ることから始めようと思います 花澤あああ @waniyukimaru

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