第22話

「貴女がイヨさんね。お会いしたかったわ。ムラクモをこんなに素敵にプロデュースしたって、噂には聞いていたけどずいぶんお若いのねえ。」




マダム・ローザンヌは、ヒューマンの貴族女性が持つような孔雀の扇子をヒラヒラさせながらちょっと上からな挨拶をした。


ここはロックローズの最上階。大きな魔蟲の外殻だろうか、透明度の高い窓が一面に張り巡らされている。


白い岩で作られた住処は綺麗に削られた壁がなめらかで、高い技術が伺われた。最高級の魔法使いの土魔法なのだろう。


絨毯も織師の子であるイヨが始めて見る複雑な織り方で、ユキホムラ外のものではないかと思われた。グラデーションが美しく、技術のある織師の作品と思える。大きさ的にも輸送代すらバカにならない高級絨毯である。


座るのに勇気が必要だった応接セットは、赤い皮張りで黒い縁に金色の装飾がついており、質素でワビサビがメインのユキホムラではあまりみたことないようなゴージャス感であった。


ふくよかな身体を上品な絽の生地の上に紗を重ねる紗袷しゃあわせで包み、さらにレースがふんだんに使われて本体以上にふっくらとした仕上がりになっていた。


そして、なにより気になったのが―――




「お、おばちゃんパーマ……。」




「イヨさん、なんて?」




「あ、いえ、―――ナンデモナイデス。」




マダムのおぐしは、まごうことなき紫メッシュのおばちゃんパーマであった。


漫画の表現にありそうなもじゃもじゃ感。鳥の巣くらいのボリューム感。見れば分かるとムラクモが言ったのは、蜂蜜酒トリートメントでこの頭をなんとかしろということか。


イヨは笑ってしまいそうな頬を引き締め、出された紅茶を一気飲みした。


たぶん高級茶なんだろうけど、全く味が分からなかった。ちょっと舌を火傷した。




「イヨさん、マダムはクズポーションが肌に良いと知って、他のポーションではどうなるのかご自身の肌で試したり、ちょっと挑戦的な方なんだ。」




「え? ご自身の肌で? どうなったんですか? 」




低級ローポーションだとなんの変化もなかったわね。だけど中級ミドルの場合、剃ったはずの毛が生えてきたわ。高級ハイポーションだとそれが二倍くらいの太い毛で、すごくカールしてたの。たぶん肌を守るためね。魔力マナポーションだと虹色の毛が生えてきたわ。万能薬エリクサーはさすがに試せなかったけど、色々試したなかで肌が美しくなるのはクズポーションだけだったのよ。大発見よ、すごいわイヨさん。」




国宝と言われるエリクサーをローションがわりにはさすがにセレブリティのマダムでも無理だったようだけど、それにしても自分で試すとは意外に豪快なマダムだ。そのマダムの顔の毛がカールしたり虹色になったところを想像してしまい、イヨは気をまぎらわせるため2杯目の紅茶を一気飲みした。




「わたくしもクズポーションを使う前はヒューマンの国から輸入した化粧水を使っていたのだけど、ドワーフの肌質と合わないのか、赤いブツブツが出来ていたのよね。以前のムラクモと似た感じかもしれないわ。扇子を顔の前から退かせないくらいに酷かったのが、顔の毛を剃って、クズポーションの化粧水を使うようになってから今ではこんなにつるつるになって。」




「ドワーフの顔の毛は、温暖な岩の中や火を取り扱う鍛治場では汗をかきやすいので汗疹あせもの原因だったのかもしれません。毛を剃るだけでも涼しくなり、汗をかかないから汗疹あせもは出来にくいかもしれませんね。クズポーションは、私も兄が鼻をかみすぎて赤くなった皮膚に使うのを見るまで考えもしませんでした。おそらく効果が弱すぎて、皮膚のごく表面にしか作用しないのではないかな、と思っています。」




「成人の義を終えたばかりとは思えない、しっかりした受け答えをなさるのね。なるほど、ドワーフの顔の毛がブツブツの原因だったのね。皮膚以外には、ムラクモを今のようにエルフやヒューマンの王族みたいに変身させるのに、他にも何かしたの?」




「姿勢や体型も年老いて見える要因ですので、定期的な運動や食事の改善を行いました。運動は筋肉を鍛えて姿勢や体型の維持に繋がります。また食事の改善は便通もよくなり、肌トラブル改善にも効果がありますし。」




「食事の改善も肌に繋がるのね。そういえば、わたくしもダイエットに良いと言う島豆腐もたくさん食べているのだけど、ムラクモみたいにおなかは凹まないわ。どうしてかしら。」




「ダイエットに良いと言っても、量が多ければそれだけカロリーは高くなります。カロリーオーバーが太る原因です。食べ過ぎは禁物ですし、食べるだけでなく運動も重要です。ダイエットにおいては、食事と運動は車の両輪ともいえるので、どちらか片方じゃうまく行きません。マダムは運動なさりますか? 」




「ええー、わたくしは走ったことないのですわ。運動はとにかく苦手で。わたくしにもできる運動があるかしら……。ねえイヨさん、わたくしもムラクモのように大変身したいの。アドバイス頂けるかしら? 」




パタン、と扇を閉じて紫メッシュのおばちゃんパーマが下へ移動する。マダムは頭を下げていた。


イヨはムラクモの方を見ると、彼は手を合わせてお願いの合図を送っている。


この為に連れてこられたのだろうと言うことは分かっていた。ムラクモとの商売でイヨもずいぶん稼がせて貰っている。そのムラクモのパトロンなんだから、イヨも断る理由などない。






「じゃあ、マダムも一緒にジャージーゴブリンダイエット、しますか? 」




新しいジャージをマダムに進呈だ。


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