第20話

リュウの定食屋"魔女の巨釜"がなんだか懐かしい味だったのは、師匠であるサチコさんの島エルフ料理が和食っぽかったからだった。

そう、魔女の巨釜名物の内臓煮込みは明らかにモツの味噌煮込みであった。

イヨも前世では大好物。

バイト先の居酒屋でも人気の一品で、たまーに賄いで頂くこともあった。


豆腐だけじゃなく、味噌・醤油と言った調味料。白米、海苔、昆布や鰹節など前世でお馴染みの食材がサチコさんの食糧庫パントリーには並んでいた。

勢揃いと言っていいほどに。

和食はヘルシーと外人さんに言われたりもしていたが、確かにカロリー的にも食物繊維的にもダイエットに最適だ。





「―――そんなわけで、今日からムラクモさんの食事は、すべてリュウちゃん特製・島エルフ料理になりまーす。」


「お肉は最小限にして、代わりにこのお豆腐をメインにしたよー ……って、これはムラクモさんの分だよっ! ヨシは食べるんじゃねーっ!! 」


「んぐんぐ……このハンバーグ! ボリュームあって、あの白い味のしないやつがメインとか、全然わかんねーよ! 」


「フム。これはまるで白いステーキだ。焼いただけとは思えない。島エルフのソースが実に美味しい! 」


「リオちゃんまで勝手に食べないでよ! 偏食のリオちゃんにしては珍しいケド!! もー風邪は治ったの? ――え? ちょ、ちょ、ちょっと、なんでムラクモさん泣いてるの!? 」


「わた、私の、私のために、こっ、こんな料理まで………。ナツは食事なんて用意してくれたことはないし、ほとんどワタシが作っていた状態でした。母ですら、商売に忙しくて食事はいつも出来合いのモノで……、人様に手料理を作って貰ったことがなくて、えぐっ、えぐっ。」


「うんまーー! この辛い挽き肉と豆腐を混ぜたやつ!! 白米ライスが進むーー! 」


「ヨシーー! ムラクモさんの分まで食べないでよーー!! いくらヘルシーでも食べ過ぎたら意味ないしーー! 」



閉店後の魔女の巨釜でも島エルフ料理試食会は、ほんのちょっぴりカオスになっていたが……。

その日より食事の管理をされたムラクモの体重はするすると減っていき、ついでにイヨとぽっちゃり系のリュウ、ついでに食いしん坊のヨシの体重も減っていった。そしてもともと痩せ気味のリオはちょっとだけ風邪を引きにくくなった。



毎日ジャージ着て運動し、毎日ヘルシーな食事を摂って、毎日の温泉、顔の毛は定期的に剃って、肌は朝晩クズポローションで保湿。

それを半年ほど行った結果、なんということでしょう。あんなにムサいおっさんだったムラクモさんが、爽やかな色気のあるイケオジ……いや、15歳は若返って見えるから立派なイケメンに変貌していたのです。


「いやー、見た目が変わるだけで商売も上向きになるなんて思いませんでしたよ。イヨさんに"第一印象が大切だよ"と言われるまで商品の魅力だけを伝えるだけでいいはずと思い込んでいましたからね。身だしなみに気を付けるだけでしっかりと話を聞いてくれるようになるんですねぇ。それに女性の美容への飽くなき探求心も実感いたしましたし―――今後の商売のヒントを見つけることが出来ましたよ。もちろん今後もイヨさんの商品を売らせて頂きたいです。是非とも。」


採掘ダンジョン"あかい森鉱山"の奥に涌き出た温泉前に設置した休憩所で、爽やかイケメンになったムラクモはお風呂上がりの一杯として魔牛のミルクを飲んでいた。

痩せて、清潔にしたら避けられることはなくなるかな?くらいに思っていたのに、予想外なイケメンぶりにドワーフの奥様方が「お話を聞かせて欲しいワ(はぁと」と群がったとか。

本来の目的だったジャージも売れはじめたが、ジャージよりもクズポローションがバカ売れしてしまった。クズポをちょっと小綺麗な瓶に詰めて「これを毎日朝晩顔に塗ったらさらに美しくなりますよ」なんてイケメンムラクモが囁いたら、元手が激安のクズポが高値で売れまくり、町外れの岩家から町中マチナカの岩穴高層階にお引っ越し出来るようになってしまったのはさすがのイヨにも想像できなかった。




イヨだって、同じような生活をしていたのでずんぐりむっくりな体型からちょっとだけシュッとしたのだけど、ムラクモ……いや、他のメンツの変貌からしたら微々たるものでしかなかった。

ヨシはもともっドワーフのなかでも比較的長身なためか、痩せて肌も綺麗にした結果、ヒューマンの貴族様みたいにキラキライケメンに変貌した。クズポ入手のために女子供も入れる採掘ダンジョン"あかい森鉱山"ばかりにいるため、ヨシファンの女の子達もダンジョンに詰め掛けギルドも入場料だけで繁盛してるとか。


リュウは痩せただけでなく、料理で大きな鍋を動かし続けたせいか筋肉がついて引き締まった体つきの細マッチョイケメンへ変貌した。おなかもぽよんとしたワンパックからシックスパックに割れて、鍋を振るう様をみたいと連日リュウファンの客が押し掛けるようになったらしい。店の売り上げも上々とこのと。


イヨは自分以外のドワーフの潜在的ポテンシャルの高さってなんなん?! と、小一時間ほど神を問い詰めたくなった……。


ちなみに"あかい森鉱山"奥の温泉はリオ・ヨータ・ヨシにより外から見えないように壁を作り、男女別の脱衣場つきの露天風呂を建設。風呂場前にも屋根つきの休憩所を設置した。休憩所からは渓谷と奥に見える岩都が湯けむりの靄で目にも美麗だった。


今のところ、出入口のダンジョンの割れ目は以前と同じくヨシの魔法鞄マジックバッグから岩を出し入れしているため、温泉と絶景のロケーションはロックパディ家とムラクモだけのプライベートスペースになっている。



「で、今度はイヨさんは何をしてるんですか? 」


イヨは湯上がりのムラクモの髪の毛にクズポローションを塗りつけていた。クズポたっぷりの頭に風の魔石を当てて乾かす。


「次は髪の毛かなあって。……うーん、思ったよりしっとりしないですねえ。次はヨータ兄、髪の毛貸して! 低級ローポーションつけよっかな。」


メガネの曇りをタオルで拭きながら現れたヨータを竹でできたベンチに座らせ、低級ローポーションをヨータの髪の毛に塗りつけた。低級とはいえ、イヨみたいな成人を過ぎたばかりの一般ドワーフからしたらなかなかの高価な薬品だが、カミソリやクズポーションなどで儲かっているので実験にもちょっとだけ高い物も使えてしまう。ありがたいことだ。


そんなわけで低級ローポーションを塗りたくられたヨータの髪の毛だが、風の魔石で乾かすと爆発後のようなボリューミーな髪の毛になってしまった。

その隣には中級ミドルポーションを塗りつけられたリオが、くるくると巻き髪になって座っていた。


「あー。ゴメン…。ちょっと失敗かも。ポーションはちょっと合わないみたいだなぁ。」


「いーよ、いーよ。また頭を洗ってくるからさぁ! 」


「おー、もう一回風呂入ってくるか。」



リオとヨータが露天風呂にまた入っていく。

入れ替わるようにカイとリュウ、ヨシが風呂から出てくる。

イヨは三人に持参した冷え冷えの魔牛のミルクを渡しながらお願いをする。


「次はオイル試すから。カイ兄ちゃんとリュウちゃん、ヨシ兄髪の毛貸してー! 」


イヨはアーモンドオイルや薔薇や椿に似た花のオイルなどいくつか試すが、思ったような効果に巡り会わない。

ポーションよりはしっとり、というかどちらかというとベタベタした感じになる。そのなかでも椿に似た花のオイルが一番マシだろうか、カイの黒髪が艶々している。


前世で使っていたオイルよりも重たくて、ベタつくのはやはり椿ではないからなのか。世界が異なるからなのか。

イヨは兄たちの頭を風の魔石で乾かしながら思案していた。




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