第18話
「サチコさん、妹のイヨです。今日は宜しくお願いします! ――ほら、イヨ。挨拶して。島エルフのサチコさんだよ。」
「え、あ、初めまして。イヨです。あの……お願いします……? 」
おそるおそる挨拶をすると、しわしわのエルフはにんまりと笑った。悪の魔女が獲物を見つけたような笑顔に、イヨの頬はひきつったようになってしまう。
「ビックリした顔してるねえ。リュウちゃん、またちゃんと話さないでつれてきたんだろ? ヨシを連れてきたときもおんなじ顔しとったよ。小さなドワーフは島エルフなんて知らないだろうからね。この国の東側の海の向こうに浮かんでる小さな島のエルフだよ。ゴメンねえ、期待のエルフとは全く違うから小さなドワーフちゃんの期待を裏切っちゃったねえ。エルフと言ったら北の真っ白なエルフしか知らないだろうし。あいつらみたいにキラキラした容姿じゃなくてさぁ―――まあ、とにかく入りなさいよ。」
「お、お邪魔します……。」
機関銃のように喋るサチコに促されたイヨは、リュウの背中にしがみついたまま室内に入る。
魔女みたいな「えるふ」の家の中はやや狭くて乱雑ながらも、玄関と同じように可愛らしい家だった。
木の家らしく家具のほとんどに木目が見え、カーテンなどの布類は緑で統一されていた。
入り口から右手のリビングルームには白い木材のテーブルに深緑色のソファーがあり、ソファーの背もたれにカラフルなキルトが掛かっている。出窓に木彫りの可愛らしい飾り物が置かれ、花を型どったランタンの魔導石は白色の光で周りを照らしていた。
部屋の中央には魔導コンロや水魔石の蛇口などが備え付けられた台が置いてあり、前世で言うアイランドキッチンのような作りになっていた。キッチンは使い込まれているものの、綺麗に拭き上げてあるためか汚い印象はない。
部屋の左側には白い食器棚と保存の魔方陣らしきものが描かれた食料保管庫、それから食材が入っていそうなかごや俵が所狭しと積み上げられていた。
サチコは整理整頓が得意ではないようだ。
「早速、今日予定していた料理を教えるよ。先ずは授業料をだしな。」
「分かってますって、サチコさん。今日は妹も連れてきたから、多目に納めますねー。」
エルフに促されて、リュウは背負っていた鞄から四角い箱を取り出した。外側に魔方陣が描かれていて、蓋を開けると冷気が出てきたことから保冷の魔法が使われた箱のようだ。
イヨが覗き込むより早く、リュウが中身を取り出し、その宝石のような色をした大きな塊の食材をエルフに向ける。
「クレイジーカウのヒレ肉ですよ! 倒した冒険者によるとかなりの高ランクだったらしいので、味は期待できますよ? 見てください、この色とツヤ! 」
「おお! リュウちゃん、ワシの好みが良くわかっておるわぁ! その切り口の赤さが美しいのう…。クレイジーカウの赤身は薄切りにして同じく薄切りにしたオニオンを島ソースで煮込んで、ライスと一緒に食べるとウマいんよ? そうさね、そのメニューもお店で使ってくれて構わないよ? あとでソースの配分のメモも渡すわ。ふふふふ、嬢ちゃんが不思議そうな表情してるねえ。そう、エルフは肉を食べないと言われてるけど、まあ個人や種族によるさね。ちなみにワシら島エルフは肉を食べる習慣はないけど、ワシ個人は肉食系エルフじゃよ。肉が食べたくって島から出てきたくらいにな。」
イッヒッヒと笑うサチコはまさに魔女であった。
イヨは、思わずリュウの背中に隠れてしまう。
そんなイヨを見ながら、中央の台に大きなスペースを取って置いてあるたらいを示す。二人の目線がたらいに向いたのを見て目を細めて笑うと、覆った蓋をを取り除いて入った食材をリュウとイヨに見せた。
「さて、リュウちゃん。言ってたやつは準備はしておいたよぉ。」
「―――おお! さすがサチコさん! 粒の揃った島豆ですねえ。色がきれい…まるで真珠みたいですねえ。」
「前もって虫食いとか痛んでる島豆は選別して取り除いておくんじゃ。そのあとでごしごしと洗っておいたよ。皮が破れないように土や汚れを落として。それか、水に浸けて一晩……いや、寒い冬なら丸一日じゃな。」
「お水の量は決まってるんですかあ? 」
「だいたい豆の三倍くらいだろうかね。豆が水を吸って膨らむから入れ物はでっかいのを用意せにゃならんぜ。ちゃんと浸かってるか確認するには――」
サチコは水に浸かった豆を取り、爪で半分に割ってみせる。
「ほら、こんな感じに半分に割った島豆の中央にピンと筋が入っていれば、調度良い具合ってわけ。」
リュウに見せた豆をパクリと食べたあと、サチコは浸漬した島豆をザルに移し、しっかりと水気を切ってみせた。
「水を切ったらいつもの丈夫なたらいに移して、豆よりちょっと多目の水を入れたら、リュウちゃんの得意の魔法やって? 」
「はははっ。サチコさんの苦手な風魔法、ね。」
リュウはイヨの方を見てばちんとウインクをしてから、深めのボウルに向かってなにやら呪文を唱えた。
ドワーフは確かに魔力が少なく魔法が苦手だが、こういった小規模な魔法が使える程度の魔力はある。クリーンは苦手なリュウだが、風魔法はまあまあ上手なようだ。
イヨが背を伸ばしてボウルの中を覗きこむと、キラキラした光の粒と小さなつむじ風が島豆を巻き込んで動き始めた。
リュウの"まずまず"な風の魔法よりも、真珠色の豆が水と混ざりあって白く滑らかなものに変化していく方が本物の魔法に見え、イヨの目を引いた。
「これを火にかけて、焦げないようにかんもかんもするんじゃ。」
滑らかになった島豆の汁を鍋に移して、魔導コンロに火の魔法を着ける。
柄の長いしゃもじで静かにかき混ぜ、ぶくぶくと沸騰したらまた呪文を唱えて一度火を消す。
イヨが鍋を覗くと、火を消したあとも白い液体が元気に泡を吐き出しているのが見える。
「少し泡がおさまったら、改めて弱火にしてほんの半時ほど煮るんだが――煮てる間にざるに濾し布をセットして、たらいの上に準備をしておいた方がいいな。」
サチコがザルにこし布をボウルにセットしている間、リュウは小さな木の板に聞いたレシピを書き込んでいるようだ。
半時――前世の時間の30分くらい――煮たあと、サチコは火を止めて白い液体おたまで濾し布にすくい入れはじめる。
2~3掬ってから、サチコはイヨの視線に気付く。
「イヨちゃんもやってみるかい? 熱いから気を付けて。」
イヨはおたまを受け取って、白い液体を濾し布へ入れる作業をはじめる。ただ掬うだけなのになんだか楽しくなる。
――なんだったかな。すごく記憶にある香りなんだけど
イヨがすべての液をおたまで移したあと、サチコは布をヘラなどを使いぎゅっと絞った。
乳白色の液体から豆の強い香りが鼻腔をくすぐる。
「――あ、豆乳!」
イヨが正解を見つけるとサチコは優しい笑顔をみせた。
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