第17話

まずイヨがしたのは、ムラクモサイズとイヨサイズに合わせたジャージの上下をヨータに作ってもらい、下記ようにタエから背中に刺繍をしてもらうことだった。


"ジャージーゴブリン・ダイエット!"


もちろんそのジャージの上下をムラクモとイヨで着用し、毎日ビワガタケイブ内を走り回った。

ムラクモは何度も「もう走れない」と泣き言を吐いたが、その度にイヨは時には励まし時には叱咤して走り続けた。前世でみた、熱くて有名な元テニスプレーヤーを思い出しながら。


気がつくとリュウもお揃いのジャージを着て、一緒に走るようになった。確かに兄弟のなかではポヨンとしたお腹をしていて、ほっぺもタコヤキみたいにまんまるで、味見必須の料理人である職業柄か――まあまあ太りぎみではある。ダイエットは必要かもしれない。

それにイヨのボキャブラリーではムラクモを励ます言葉が不足していたので、リュウも一緒に励ますことでムラクモのやる気も上昇したように見えた。リュウの言葉はときには優しく、ときには厳しく、ムラクモもツラい運動にもめげずに続けることができているようだった。


そして、走ると汗が出る。


クリーンの魔法で綺麗にはなるが、前世の記憶があるイヨはやっぱりお湯で流したい気持ちもあり、ある時ヨシにも声をかけてあかい森鉱山の採掘場で走って奥の温泉に入ってみた。そしたらこれがムラクモにも好評で、それからヨシたちの都合がつけばみんなでお揃いのジャージを着て採掘場内をマラソン&ゴブリン退治して、最後に温泉に浸かって帰宅するパターンが増えていった。


さらにリオの鼻の下を綺麗にしたグズポーションを、風呂あがりに顔につけることで、ムラクモの肌荒れやニキビが減っていったように感じられた。腐ってもポーション。効果範囲は皮膚の表面だけの回復だが、前世の化粧品ローションの比でないほどの効果。

確かにタエたちドワーフの女性が基礎化粧品ローションの類いなどをつけているのを見たことはなかった。つい先日まで顔中髭だらけだったドワーフには肌になにかを塗るという習慣はなかっただろう。そんなドワーフが化粧品をつけ始めたら効果覿面である。

そんなわけでイヨも毎晩クズポを顔に塗るようになり、ドワーフっぽいカッチカチのガッサガサから前世のような肌を手に入れた。ゆで卵のようなつるつる。内側から輝くような肌。いや、前世の女子大生どころでなく、それ以上――エルフの赤ちゃん並みに綺麗な肌。もうクズポなしでは生きていけないくらいになっていた。

それをみた兄たちもクズポを顔に塗るようになり、ジャージーゴブリン・ダイエットチームの肌は綺麗だ――なんて噂が村に広まり始めた。




季節は冬になり、チラチラと雪が岩を白く染め始める。

こうして半年ほど、イヨとムラクモたちはビワガタケイブを走り続けた。




さらに食事。


もともとダイエットって言葉は食事療法という意味であり、ご存じの通り運動だけで痩せることは難しい。ダイエットは運動一割、食事九割なんて言われることもある。

本業が料理人のリュウにお願いしたのは、肉を少なくして野菜多目のメニューを差し入れてもらうこと。

ムラクモの食生活は肉と酒ばかりであったことから、食生活の改善が急務だと思われた。

肉のかわりに野菜ね……と呟いたリュウは、なにかを思い付いたようだった。



「これから行く場所は、本当はイヨにも秘密にしようと思ってたんだけど……。」


と、リュウが連れていったのは村外れの森の一角いっかく

ムラクモの住む岩穴からさらに森の中を進まなければつかないような、奥まった場所であった。

イヨがムラクモに捕まったあの日、本当は行こうと思っていた場所だという。

樹齢100年は軽く越しそうな太い太い幹の樹の元に、イヨとリュウは立っていた。



「店の手伝いをしてくれるヨシだけは知ってるんだけど――、他のみんなには一応、内緒にしてね? 僕の料理の企業秘密なんだから」


「うん、分かったけど……。内緒ってこの樹のことを? 」


「うーん? これから会う人のこと、かな? 」



リュウはイヨに向かって曖昧な笑みを浮かべたまま、幹に絡まった蔦を何ヵ所か引っ張るとその一部がしゅるりと伸びて二人に絡まった。

さらにリュウが色の違う蔦をもう一度引っ張ると、まるでエレベーターのように二人は上昇していった。


「え、え、えぇーー!! 」


一気にイヨの目の前が緑になり、樹の上へと連れてこられた。




着地した足元の太い枝は予想外にもしっかりとした木の床で、手すりのような蔦がイヨたちが落ちないように張り巡らせてあり、まるで木の幹に続く廊下のようになっていた。

そしてその廊下の先には太い幹が家にしか見えないくらいの、ちゃんとした玄関が見えていた。

蔦の絡まった幹の外壁、緑色のペンキが塗られた扉、アンティークっぽい郵便受け、鈴蘭の呼び鈴、桜のつぼみの形をした玄関ライト。

おとぎ話に出てきたような、可愛い外観の玄関先には大きめの表札が出ており、そこには「えるふ」と書いてあった。


イヨの見間違いでなければ、ひらがなで。






「リュウちゃん! こ、これって……。」


「あぁ。エルフ文字なんだって。まるっこくて可愛いよねー。何て書いてあるか良くわからないんだけどね、」


「やっぱり、エルフ! 」


ドワーフとエルフが仲が悪いと言う話は確かにある。


しかしユキホムラのドワーフたちはエルフに悪感情は持っていない。逆に美しいエルフへの憧れの方が多いかもしれない。

ドワーフにも幾つかの種があり、エルフにも幾つかの種があって、仲が悪い種族たちもいると言うだけの話である。

観光や商売で他の種族と関わりの多いユキホムラのドワーフは、敵対してしても得にならないと考えることが多いようだ。



「―――もしもしー! いますかー! 僕だよー。」


リュウは呼び鈴を鳴らしながら、中に声をかける。

がらんごろんと鈴が鳴り響いて、少しだけイヨは緊張した。


表札通りであればエルフが出てくる。


昔見た絶世の美人を思い浮かべる。ハリウッド女優みたいなカッコいい美人。眼福とはこの事だと思えるほどに、美しい人だった。

でも、ひらがなのえるふだから可愛い系だろうか。女子アイドルみたいなエルフだろうか。

なんとなく坂道系のセンターの女の子をイメージしてしまう。


ところが―――。






「……遅かったから、今日は来ないかと思ったわ。」


奥から予想よりも低い声の返事が聞こえた。




からん、と扉を開けたのはぽっちゃり体型の老婆だった。

シワの多い顔は、かつて目撃した透き通る白さのエルフとはかけ離れたクリーム色の肌に、シミとそばかすが浮かんでいた。

深みどりの野暮ったいローブに、茶色の先の尖ったブーツ。

灰色の髪の毛は縮れてボリュームがあり、無理矢理帽子で押さえつけられているようだった。

その縮れ毛の合間に、確かにエルフらしいとんがった耳がイヨにも見えていた。



「おや? 今日はオマケ付きなんだねぇ」




にやりと笑ったその顔が、イヨが小さい頃絵本で読んだ悪の魔女に良く似ていて、思わずリュウの後ろに隠れるのだった。

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