第16話

「こんな外れに住んで―――岩山に住めないくらい、ってことは村に納める物も払えていないってことでしょう。どれだけ困窮してるんですか。」


「た、確かにここしばらくは払えてないが、その変な――ああいや、風変わりな服をユキホムラ中で売らせてもらえたら、きっと、たぶん、ちゃんと払える! 」


「それは採らぬオークの皮算用ってものでしょう? 商売人としてそんな考えでどうするんですか! それに、ナツさんはどうしたんですか? 服を商品売り物にするならナツさんにも相談すべきでしょう? 」


「知らないよ、あんな女。―――岩都で男と仲良くやってるんじゃねーの! 」


「……ふーん。なるほど。通りで高そうな着物がこの家にないわけだ……。 」


リュウが辺りを見回す。


確かに奥で干されている衣服は、センスの悪い男物の古着だけのようだ。

以前見かけた時はそれでもまだ小綺麗な格好だったのが、あまりにみすぼらしいのは奥さんに逃げられたからなのだろう。

お金の切れ目か縁の切れ目だと言わんばかりに、ムラサメ亡き後のムラクモの家から出ていってしまったようだ。

比較的安価な風の魔石も手に入れられないのか蒸し暑く散らかった部屋、掃除クリーンが不十分な汚れた竈、奥の部屋に見える在庫と思われる積み上がった箱。

狭い村外れの岩家は商売人の家ではなく、まるで浮浪者の家のようだった。


応接間リビングらしき部屋に連れ込まれたイヨだが、汚れたテーブルにお茶すら出す余裕もないおじさんドワーフにちょっとだけ同情し始めていた。

イヨは目の前に無造作に積まれた羊皮紙の束をチラリとめくる。どうやらすべて借用書のようだ。



「……それで、その高そうな着物を少しだけ、ほんの何着かでいいから、現金に換えてほしいとお願いしただけなのに、激怒して着物をすべて持って出ていきやがったんですよ。もう、ずっと前から男がいたみたいで。」


リュウとイヨにあれこれ話しているうちに、ムラクモから奥さんの愚痴と涙がポロポロと溢れだした。

ふたりがなだめてもすかしても、ムラクモの口は止まらない。


「どんな商品を見繕っても、父のようには売れませんし。ありきたりのものだから駄目なのかって、面白い、変わった商品を探してくるのにやっぱり売れなくて、もう在庫と心中するしかないんです……ぐすぐす……。」


溢れた言葉に負けないくらい流れ出るおじさんドワーフの涙に、思わず兄の方を見上げる。

あんなに険しい顔をしていたリュウだったが、今では困ったようなハの字の眉毛に戻っていた。

ふたりの怒りはすっかり鎮火している。



「ねぇ、リュウ兄ぃ……? 」


「イヨぉ、そんな顔で見るなよぉ。」


「だって……。」


「うん、まあ…。イヨが思うようにしてみるのもいいんじゃないかなぁ。あ、もちろん必要ならお兄ちゃんも手を貸すよ? 」


下がった眉毛が更に下がって、リュウの表情は春の太陽のように優しくなった。いつもと同じイヨに見せるリュウの顔だった。

イヨは泣き続けるムラクモに向き直り、顔をあげるように促した。


「あの、ムラクモさん! たしかに私のジャージ……服は珍しいんですけど、今のところあまり欲しがる人が居なくて…。上の兄二人に着て風呂屋サウナとかあちこち行ってもらったんですが、興味は持って貰えてもまだ一着も売れてないんです。」


そうなのだ。イヨはまた売れる商品作った!と、意気揚々と着て歩いたり、家族に着てもらったのだがカミソリのように売れることはなかったのだ。

なぜなら興味を持った人たちは、ある一点で興味を失ってしまうから。


「―――実はこの服、ジャージーゴブリンの皮で出来てるんです。」


「えぇ?ゴブリンの皮ぁ?? ――――あぁ、そんなクズ皮じゃあ……はぁ……そりゃあ、売れないや……。」


ガクリと肩を落とすムラクモの目を見て、イヨは力強く言葉を続ける。


「確かにクズ皮と言われています。でも、私はそのクズ皮が凄くいい素材だと知っているんです。だから、みんなにも知ってもらうために、と思うんです。」



「宣伝? 旗とかに商品名書いて売るんですか? それとも口烏に小金渡して噂をさせるんですか? どうしたってゴブリンの皮なんか売れないですよ。はーあ。私は父のような鑑定眼がなかったんだ……。」


「えーっと……ムラクモさん、私はこう思ったんです。なんでカミソリは売れたのにジャージが売れないのか、―――それは目に見える変化がなかったから。」


「目に見える変化? それはどういう……。」


「だから、こういうのはどうでしょう―――? 」


イヨは思い付いた計画について話し、リュウとムラクモに協力をお願いしたのだった。


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