第15話

体操着モドキの部屋着は通気性が良かったため、特に鍛治場チームに好まれて普通に仕事着になっていた。

さらにシンは"汗が垂れてこなくていい"と頭にフェイスタオルを巻いて仕事をするから、イヨは前世にいた肉体労働系のおじさまたちを思い出さずにはいられなかった。

カイとシンは風呂屋サウナで散々自慢したらしいが、ジャージーゴブリンの皮だと言ったら生暖かい目で見られたと憤慨して帰って来たのだった。




とはいえ、ジャージー素材が気に入ったイヨは、ワンピース以外にも襟のついた上着、パーカーのついたトレーナーや膝丈スカート、Tシャツ等を作成した。まだこの世界でファスナーには出会ってないので、前あきの上着はとりあえず開けっぱなしのデザインにした。

さらに、温泉を気に入ったリオ・ヨータ・ヨシ兄たちはついでとばかりにゴブリンを狩りまくった結果、さまざまな色の皮をドロップすることが分かり、カラフルなジャージーの服が作れるようになった。

紺色が手にはいった時は大喜びでパジャマがわりの部屋着を作成した。前世の中学時代のジャージーと瓜二つの部屋着は妙な安心感があり、いつも二倍は良く眠れた気がした。

こうして日に日にイヨのワードローブは増えていった結果が目の前の、頭を下げる人物に繋がったのであった。





「あの、そんな……。 お願いですから顔を上げてください、ムラクモさん。」


「いーや、この衣服を売ってもらうまで、顔を上げるつもりはありまへん。」


「売るって、一着や二着ならいいですけど、商売にするほどとかは私には無理ですよぉ……。」


ムラクモはあまり評判の良くないと噂の商売人だった。


見た目も商売人には見えないくらいにみすぼらしい。衣服は一昔前の流行りの形なのはいいが洗濯クリーンの魔法されてる様子もなく、肩にはフケらしき白いものが見えて、サイズアウトした上着の下からでっぷりと太ったお腹がだらしなく見えていた。髪はボサボサで目にかかるほど長く、一応流行りに乗ってカミソリで髭を剃ったようだがぶつぶつの肌にオイルをケチって当てたようで、出血の跡と酷い肌荒れが汚ならしかった。

一度うちに売りにきたことがあるが、商品が「抜けた歯スグハエール」とか壁紙「奥行キガアール」とか「鉢植シクラメン」とか胡散臭くておかしなものばかりでもちろんタエが購入せずに追い出していた。


しかし、彼が帰ったあと「ムラサメが生きていれば違ったのに」とゲンがため息をついていたのが印象的だった。

父のムラサメはフットワークの軽い行商人で、ユキホムラ中を背負子ひとつで駆け回りいろんなものを売っていた。見栄えは良くないが安い食器とか、色は地味だが丈夫な刺繍糸とか、形がイビツな果物とか前世で言う"B級品"を安く売っている人だったようだ。さらには国を出て西の火山の山脈まで越えて土鬼の村の商品まで売っていたと父達が話していた。



そんなムラサメが亡くなったのは五年ほど前。ビワガタケイブの夏祭り、村人たちと宴の最中に突然胸を抑えて倒れてしまったのだ。

ムラサメの妻トウコはその前年の冬に風邪をこじらせて死んでおり、ムラクモとその妻のナツが商売を継いだのだった。

ナツが着道楽だって言うのもタエたちが噂していたし、実際着ている着物も珍しい魔蠶ワームの織物が多かった事からも知っていたが……。父の財産を食い潰したのはその趣味のせいなのかは分からないが、かなり苦しい生活をしているのはムラクモの岩家の中を見たら容易に想像できた。



「どうしよう、リュウちゃん……。」


イヨは、隣に座る料理人の兄を見上げた。いつもはタレ目で優しい顔のリュウは今までに見たことないほど険しい顔をしている。


「イヨは黙ってなさい。―――こんな、拉致みたいな遣り方で妹を家に連れ込んで、肯定の返事が貰えると思うんですか! 妹は小柄ですが、先日12歳を迎えた成人女性です。事情を知らない人が見たらどう思われるとお思いですか? 妹を傷物のように噂する人も出ないとは限りませんよ? 」


リュウは怒っていた。

それはとても珍しいことだった。


いつも穏やかで、他の兄たちにからかわれたりイタズラされてもニコニコ笑っているような兄だから、こんな怒りの表情のリュウを見るのはイヨにとって初めてである。

こんな状況になったのは自分が迂闊だった部分もあるため、イヨは言われた通りに黙って険しい兄の横顔を見つめるしかできなかった。

そもそもはイヨが日頃謎の多いリュウが休日に何をしてるのか、お遊びで尾行していたのがことの始まりだった。


魔女の大釜と言うリュウの定食屋は、村の中心部の広場近くにある、岩山の一階層の岩穴にあった。リュウの創作料理は少し変わっていたが、ビワガタケイブでは話題の店であった。

名物料理は内臓の煮込みで、今まで捨てていた食用魔物の内臓を幾度となくクリーンの魔法をかけ洗浄し、塩で揉み込み、さらにまたクリーンの魔法をかけ、魔道具の釜でじっくり煮込んだ不思議な味はなぜか懐かしさを感じると話題だった。

跡を付けていたイヨは休日なのに店に入ったリュウをみて、「なーんだ、休みも仕事か」と引き返そうとしたが、リュウは魔道具の釜を担いでまた店から出てきたのだ。


リュウは岩山の居住区から外れ、小さな林の方へ早足で進むためイヨも小走りでついていった。

林の奥には腐敗の魔女がいるから行ってはいけない―――そんなお伽噺は小さい頃に聞いたけど、さすがにホントじゃないよね?―――躊躇しているところに声をかけられた。




「その変わった服は―――、ロックパディの娘だったな! ちょっと来てくれ!」


「え、え? ちょっと―――、きゃああああ!」




ムラクモはそう言うと小さいイヨをぱっと担ぎ上げて、村外れのムラクモが居住しているらしき岩穴に運んだのだった。

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