第13話

「イヨ、ここが目的地ぃだよー!」


ヨータが指したのはただの行き止まりだった。

ここの採掘場は初心者用であるためか、親切にも道順を示す看板が所々にあったのだが、ヨータたちはその道順を反れて進み着いたのがこの行き止まり。大きな岩しか見えない。


「ほら、ヨシ早くっ! 」


「わかってるけども! どーせ、俺このために連れて来たんだろ」


「よっ! レアアイテム魔法鞄マジックバッグ持ちのヨシくん! 」


「言うほどレアじゃねーし、褒めてねーよなぁ。明らかに……。 」


ぶつぶつぼやきながら、ヨシが魔法鞄マジックバッグの口を開ける。

手を前に翳かざしてなにやら詠唱すると、緑色の光が溢れだし目の前を塞いでいた岩が霧が晴れるように消えたのだった。


「え、消えた! 」


「――消えたんじゃなくて"収納"しただけ。あのでっかい岩はヨシの持ってる袋ん中に入ってるよ。」


「ホント、ヨシは便利だなぁ。」


「もぉさ…、俺ってリオちゃんとヨーちゃんからしたら魔法鞄マジックバッグの付属物だよね…! 」


「まあまあ、そんなことより、イヨに見せるからヨシは早く退いてよぉ。」


「そのために来たんだからな。」


「はいはい。―――ほら、イヨ、出てごらん。」



ヨシに促され、イヨは岩のあった場所に足を踏み出す。

大きな穴を出ると明るい陽の光が眩しく、そこはもう採掘場ダンジョンの外であった。

白い靄もやが漂い、強い臭気と暖かい風を感じる。

靄の奥には背の低い白樺の森が見えた。森の向こうに岩都が見えている。

森と流れの早い川を挟んでダンジョン側の開けた土地に草木は生えておらず、ゴツゴツした赤褐色の大きな岩が立ち並ぶ。その岩肌の合間にエメラルドグリーンの鮮やかさが湯けむりと共に立ち上って見える。


「これってまさか―――」


そこには温泉が涌き出ていた。


鼻につく硫黄の臭いと、幻想的な湯けむりがイヨの周りに漂っている。

気がつくとイヨは小走りに駆け寄り、湯花で濁った緑色のお湯に手を突っ込んでいた。

少し熱いお湯で指先がじん、と痺れる。

気持ちよさにため息が溢れて、湯けむりに溶けた。



……昔、旅行で行った群馬の温泉みたい。






前世を思い出したイヨの目には、少し涙が滲んだ。

離れて暮らしていた祖父母と家族とで行った温泉旅行が脳裏に浮かんで、切なくなる。じいちゃん、ばあちゃん、元気かなあ……。二人とも温泉大好きで、日本中の温泉巡りをしていたなあ。

魔法のクリーンがあるこの世界には、温泉どころか湯船に浸かるという習慣がなかった。

"風呂屋"というものはあるにはあったが、それは狭い部屋で焼いた石に水をかけて出た蒸気にあたる、前世で言うサウナのような店であった。

前世の記憶を思い出す前であるはずの幼少期、なぜか風呂屋に行きたがり、行ったらなんだかガッカリしたことがあった。

なんでガッカリしたのか自分でもわからなかったけど、今なら分かる。お風呂を求めていたんだなぁ…。






「イヨは覚えてないと思うが……、小さい頃いっぱいのお湯に入りたいって泣いたことかあったんだ。だから、成人のお祝いはこういうのいいかなって思ってな。」


「見つけたとき、試しにリオちゃんが入ったんだけど絶賛でさ。」


「ああ。イヨが絶対気持ちいい!って泣き叫んでいたの思い出してな。試したら、本当に気持ち良かったんだ。」


「んで、みんなで入ったは良いけど、―――出た後にみんな仲良く風邪をひいてしまったんだよねえ。」


「まだ俺はあれから治らない。入ってる間は良くなるんだかなぁ……。」


「ヨータ兄たち、もしかしてお湯から出た後……。」


「――そう! 拭いたりしなかったのが良くなかったのかなあって、イヨのこの布で顔を拭いたときに思ったんだよね! 」


……お風呂のあと水分拭き取りもせずにいたら、風邪を引くに決まっている!


と、イヨが注意しようと口を開く前に、装備をはずしたリオが温泉に入ろうとしているのが目に入る。

そう、リオが外したのは装備やコートだけで、衣服のまま入ろうとしていた。


「ちょ……!!! リオ兄待って!!! 服のまま入ったらそのあと風邪が悪化するじゃん! 」


「……え? 」


「え、じゃないよ。濡れた服をそのまま着るから冷えるんじゃん! お湯にはで入って、出たらしっかりタオルで拭いてから服を着て……! 」


「ええっ? は、はだかでぇ?! 」



いつも厳めしいリオが慌てたような、恥ずかしそうな顔をする。

ギャップがちょっと可愛いなど思う妹であったが、この世界あまり肌を見せないのが標準だったことを思い出す。


風呂屋サウナだって裸で入るんじゃん。とはいえ―――なんか、囲いみたいなものがあるといいんだけど……。」


「ああ……。こういうのでいい? 」


イヨの言葉を受け、ヨシが魔法鞄マジックバッグを開く。

緑色の魔法が光ると、生け垣のような背の高い植物が岩の周りを囲った。


「ちょっと前に行った採掘場で、道を塞ぐ草が邪魔だったから鞄に仕舞っていたんだよね。たくさんあるから辺りに目隠しになるように出しておくよ」


「リオ兄やヨータ兄じゃないけど……、ヨシ兄ってマジ便利だねえ! 」


「イヨまで俺のこと鞄の付属物だと……(泣 」


「そんなことよりさ。いくら兄妹でも一緒に入れないから、先に三人で入って来なよ。ここは採掘場じゃないから、もう魔物は出ないんでしょ? 」


イヨはグズグズ言うヨシとそれをみて笑うヨータの背中を押して、温泉に追いやる。

リオはすでに脱いでしまったようで、生け垣の中から「先に入るぞ」と言う声が聞こえた。




しばらくして生け垣の奥から、お風呂に入ったおっさんすべてが口にする声が三人分聞こえた。



「「「……っあ〰️〰️!!! 」」」




異世界でもお風呂に入ったときに出る声は同じらしい。

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