第12話

「クズ魔石とクズ皮だねぇ。魔石は数あれば使い道あるけど、皮は使い道ないんだよなぁ。」


「効果もないし、防御力も普通の布と変わらないしな。見た目もかーちゃんが織った布みたいに綺麗じゃないから、売り物にもならないしなあ。」


「いつもは捨てるけど……。そんなにイヨが気に入ったなら持って帰ればいいよ。」


ドロップした布に触れた途端、イヨはそれがあのキモいゴブリンから出たものだってことをすっかり忘れて頬擦りしてしまっていた。


と、いうのも―――


こ、これは、前世で愛用したアレと同じ感触ッ……!

ジャージーって言うから牛かよって思ったのに。


そっちでなく、だったなんて!


色は全く違うけども、卒業後もパジャマとして五年以上活躍した中学校の体操着の感触とおんなじだぁ……

ジャージって馬鹿にすんなよ? GUCCIだってジャージ出してるんだからな? 総GUCCI柄でめっちゃ派手なの。ジャージなのに上下50万くらいするけど。あ、もちろん買えるわけない庶民。

それにしても気持ちがいい肌触り。頬に伝わる柔らかさと、ほんの少しひんやりした感じ。そしてこの伸縮性。


絶対、これをパジャマにして、眠りたいっ!

でも、パジャマにするにはちょっとばかり布が足りない……。



布にスリスリしていると、兄たちの視線を感じちょっとだけ正気に戻るイヨ。

懐かしさのあまりにトリップしてしまっていたようだ。



「あ、ごほんっ……。えーっと、出来たらもう少しこのジャージの……じゃなくて、ジャージーゴブリンの皮が欲しいんだけど……。」


「ええ? イヨ、そんなに気に入ったん? あまり防具に向かないんだけどねぇ。」


「もともとあのゴブリンはこの採掘場じゃあまりいないから、今日はそんなに手に入らないと思…… 」



――――――ぎゅあぁぁぁぁ!!!





「――や、ちょっと待て。」


「ええっ? まさか? 」


「また来た! イヨよころべ! ジャージーゴブリンだ! ビギナーズラックや! レア引き当てたな!」


「うわー! 結構群れで来たねぇ。ほら、イヨが頑張るんだよ? あの皮が欲しいんでしょ? 」


「行けー! イヨー! 」


「欲しいけど、こんなにたくさんはちょっと、って、え! 押さないでよっ ――――うわぁぁぁぁぁ!! 」




ヨータとヨシに思いっきり背中を押されたイヨは、勢いそのままにジャージーゴブリンの群れに突っ込んでいった。

後ろの方から「あーあ、やりすぎ」というリオの声がくしゃみと共に聞こえる。いつもなら比較的常識人のリオが二人の暴走を止めているのだが、風邪のせいか止められないようだ。


異物が放り込まれたゴブリンたちは獣のような声でぎゃ、ぎゃ、ぎゃと騒ぎ出す。

いくつかの湿った手が、イヨの腕をつかむ。

ぞわわわっと背中を寒気が上って行く。

前世で痴漢に遭った記憶が呼び覚まされる。




「ああああ! 埼京線の満員電車より嫌だああああ! 」


もうどうにでもなれ――――イヨは短剣をメチャクチャに振り回した。








■□■□■□■□








「思ったより倒したなぁ。」


「ああ、多すぎたわぁ。スライムより弱いってわかっててもちょっと無茶振りしすぎたわ。イヨごめんなぁ。」


さすがにすべてをイヨが倒したわけではなく、兄たちがそれなりに手助けをしていた。それでも――。


「この数倒したから、たぶん数値ランクあがってるかもな。帰るときにギルドで状態ステータスのチェックしていこな? 」


「数値ランク上がると強くなるから、もっともっとこの布採れるからなー! 」


「う、うん……。」


「どうした? あ、クズ布ならヨシの魔法鞄マジックバックに入れるから心配ないよ。」


「そ、そうだよね……。」


魔法鞄マジックバックに入れなきゃならないほど―――つまりは持ちきれないくらいのジャージの布の山が、そこにはあった。

時々こういう異常なはあるし珍しくない、とリオは言う。

それにしても大量の採取ドロップであった。

家族のパジャマどころでなく、隣近所すべてにパジャマプレゼント出来るくらいには布を採取することが出来て、採掘ってスゲーなとイヨは思う。前世では布ってどうやって手に入れてるんだったか、よくわからなくなってきた。きっとここはユザワヤなんだと思う。

ヨシは手際よく魔法鞄マジックバックにすべての布をしまった。


「あと、クズポも結構出たけど、破棄でいいよな? 」


ヨシは小さな容器を捨てようと手をあげる。


「ヨシ兄、クズポってなに?」


「グズのポーション。低級ローポーションどころか、効果がほとんどないポーション。入ってる量も少ないし、飲んでも不味いし。グズ皮と一緒で、売れないし使い道ない。」


「えー? 全然使えないの? 」


「そ。浅い傷口も塞げないくらいにね。ちょっと赤くなってんのくらいは治るかもしれないけど。」


「―――あ、ちょっと待って、それ頂戴。」


「え? リオちゃん、なにに使うの? 」


「鼻の下をこすりすぎて、ヒリヒリしてるから。クズポ効くかなーって思って。こんなん普通のポーション使うにはもったいないしな。」


確かにリオの鼻の下は赤くなって、見るからに痛そうだ。鼻をかみすぎたらしい。

リオはヨシから受け取った容器を傾け、手のひらに液体を垂らして鼻の下へ塗りつける。


「ん。ヒリヒリしなくなってきた。」


「見せてー。あ、赤みも引いたじゃん。風邪治るまで塗っといた方がいいかもねぇ。クズポ結構役に立つじゃん。」


「じゃあ、破棄しないでリオちゃんの鼻の下用にとっておくか。リオちゃんはよく風邪引くし、たくさん取っておこー♪ 」


ヨシはクズポと呼んだ小さな容器も魔法鞄マジックバックに仕舞う。

それから、その魔法鞄マジックバックから竹に良く似た木で出来た水筒とカップを取り出し、冷えたお茶をイヨに渡した。

イヨは座ったままお茶を飲むが、ヨータとヨシは立ったままカップに口を付ける。その間、リオが辺りに目を配る。


「ここの魔物が弱いとは言え、採掘場では気を抜けないさ。」


イヨの視線に気がついたリオが答える。

たぶんリオたちのいつもの採掘の休憩スタイルなのだろう。


「でも、これから行くところは一応採掘場から出るから、ちょっとだけ気を抜いてもいいんだよー 」


お茶を一気にのんだヨータがリオの肩を叩きながら言う。交代してリオがカップを手に取る。

次にヨシが見張りについたが、幸いにもそれ以降はゴブリンは出て来なかった。

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