第8話

その涼しさと汗をかいても痒くないという評判、そして兄たちのまるでエルフのような見た目のよさに、翌日からイヨたちの村・ビワガタケイブは大騒ぎとなった。


カイのカミソリとシンの搾実器に注文が殺到し、しばらくロックパディ鍛治屋我が家は他の刃物を作ることができないほどであった。

しかし、カミソリは単純な作りのため模倣する鍛治場が出てきたので、イヨのデッサンから眉毛用のハサミとT字カミソリの開発にも着手。

オイルもアーモンドだけでなく、さまざまな実を搾り肌によりよいものを模索した結果、前世のホホバの実によく似た実を見つけてより安価なオイルをカミソリとセットで販売するようになったのだ。

こうして近隣の村や岩の都まで、イヨ印のカミソリシリーズは輸出されることになった。


夏に向かう暖かい季節だったことも追い風となり、気がつけば一月あまりで村中の顔や腕や脛から無駄毛が消えたのであった。

毛を剃ったドワーフたちは意外にも前世の日本人に似た顔立ちが多くて、イヨには馴染みのある世界になったのだった。


そんなわけで、ロックパディ鍛治屋我が家はちょっとしたバブル状態。台所の魔石や灯りの魔石が軒並み最新式のものに変更されるなど、ワンランク上の生活になっていた。

冷風の出る魔石も取り付けられ、その風を受けながらリビングで寛げる最高の環境に家族一同喜んでいた。


「これはイヨにボーナスをやらねばならんかもなァ。」


ゲンは短くなった髭を撫でながら、イヨに晩酌の蜂蜜酒ミードを注いでもらっていた。

最初は恥ずかしくて髭を剃るのは抵抗感があると言っていた父だが、子供たちの商品を使わないのも親としてどうなんだと思い直して眉毛と髭を整え始めたのだ。

切れ長のややキツめな瞳が眉毛の下から現れたが、笑うと目尻の皺がたくさん刻まれてとても優しい表情になる。

イヨは前世の記憶から"大河ドラマに出ていたあのダンディな俳優さんに似ているな"と思い、やっぱり我が家のなかで自分だけ地味面で凹んでいた。


「ボーナス、ねぇ…… 」


だからボーナスと言われても、もっと美しい顔とか可愛らしい顔が欲しいとかしか考え付かない。

とは言え、そんなことはさすがに言えない。親バカの父母からしたらこの顔のイヨが1番可愛いって思っているようだから。


贅沢な魔石も取り付けられた今、とりたてて欲しいものもないけども……。

顔を剃った後に、洗顔をする際に前世ではあった"アレ"が足りない。


そう、あえて言えば"アレ"が欲しいけど…。


「イヨはなにか欲しいものはないの? 」


おつまみを追加で持ってきたタエが微笑む。

有り合わせの食材ではなく、ちょっとお高めなツマミは最近のタエの自信作だった。

内職をしなくとも日々の生活にゆとりがあり、また顔剃りによって"エルフみたいな美人"と言われて自信の付いたタエは以前のようにせかせか働かなくてよくなったようだ。

ここのところは工房より自宅の台所のほうが滞在時間が長い。


「欲しいと言うか……

ママの仕事が落ち着いているなら、ちょっと織って貰いたいものがあるんだけど…… 」





主に綿で作られる織物で、緯糸を織り込む際に、たて糸の一部(パイル糸)を緩めて布地にループ状の部分を形成し、保温性、保湿性、吸水性を高めたもの。


それが、タオル。


この世界にさまざまな布や魔物の皮などはいろいろあるけども、タオルに近いものは今のところ見つかっていない。

顔を洗うと麻織物のような手拭いで拭うだけ。

ぶっちゃけ吸収が悪い。


それ以前に「クリーン」という汚れを落とす生活魔法があるため、今まではほとんど顔を洗うということをしないのがこの国のドワーフたちなのであった。

無論、お風呂もシャワーもない。自宅には洗面所というものが存在せず、トイレの後始末や手洗いもクリーンの魔法に頼っていた。

魔法にも上手い下手があり、がさつなシンが意外にもクリーンが上手くて1番汚れを落とすし、部屋もいつも綺麗に片付いている。

対して料理人で清潔さが重要なリュウが1番下手くそで汚れが落ちてないこともあるため、時々シンや母タエがレストランや厨房にクリーンをかけに行ったりしているのだ。もちろん自室の岩穴も散らかり放題。


イヨも少ない魔力で唯一使えるのがクリーンであり、物心ついたときから顔や身体を清潔にする方法はクリーンしか知らなかったしそれで困ることもなかった。

しかし、今は前世の記憶がある。


「水の出る魔石と温める魔石があるんだから、お風呂は無理でもいつかシャワーは欲しいよねえ。

でも、今シャワーしても拭くものがこの手拭いじゃあ、風邪を引いちゃいそうなんだよな…… 」


台所に水と温の魔石が入ってから毎朝洗顔をするようになったイヨは、全く水を吸い込んでくれない手拭いで顔を拭きながら、前世の吸水性の高いタオルに思いを馳せていたのだった。

タオルなんか買うもので、作るという発想はなかったのだが、手拭いをじっと見つめるうちに"この布にループつけたらタオルにならないかな"という思いがわいてきた。

幸い、母は織り師だから出来そうな気がする……。


そんなわけで、前記の"ママに織って欲しいもの"となったのである。

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