第4話

「まずは"毛"だな。」


翌日、イヨは鏡を見ながら小さくうなずく。


この剛毛眉毛を整えるだけでもちょっとは見られる顔になるんじゃないかと考えたのだ。

そして顔の産毛(うぶってレベルじゃねーよ!)を剃ったら少しは顔色がよく見えるんじゃないかとも。


床屋の顔剃りはピーリング効果もあって、肌がワントーン明るくなるなんて話を前世で聞いたことがあったからだ。


そうそう、バイト先の副店長が、結婚式前に顔剃りのために理容室へ行ったと言っていた。二次会は参加したけど、本当に綺麗な花嫁姿だった。

お肌ツルツルで輝いていたもん。




「剃るには―――I字カミソリなんてあるかな? 」




家中の引き出しを探してカミソリを探すが、刃物類は小刀や包丁、護身用の剣しか見つからない。


今世の記憶を思い出しても、たしかにカミソリなんて見たことない。パンゲアのすべての国を探せばカミソリはあるかもしれないが、少なくともドワーフの国にはないと思われる。

なぜならドワーフ一家の顔を見ればわかる。ドワーフは毛を剃ったことなんかないのだから…。


「小刀じゃ、さすがに危ないよね。」


小刀の刃にも映る自分の姿にも若干悲しくなる、、、。

イヨは頭をふって小刀を鞘にしまう。

カミソリがなければ、作るしかない。幸い我が家の家業はドワーフの鍛冶屋。


イヨが見つけた小刀は長兄カイが鍛刀したもの。


昨夜、カイ兄ちゃんはお祝いにイヨが欲しいものをひとつだけ用意しようと約束をしてくれたのだ。これを利用しない手はない。

ぐっと拳を握る。

なにはともあれ、カミソリを手にいれよう。




―――毛を、剃るんだ……!










ゲンとカイ、シンの鍛治場は自宅から少しはなれていた。

イヨは家を出て、川辺に近い鍛治場を目指す。


イヨたちの住むビワガタケイブはケイブの名の通り渓谷の岩山に穴を空けた村である。火を使うため鍛治場の多くは川辺に作られていた。遠くから見ても、もくもくと上がる煙で鍛治場の位置がわかる。

鍛治場を目指して川沿いを歩くと、前世では見たことのないような草や花がたくさん生えていた。


奇妙な形の草や極彩色の花、蠢く蔦に絡まれないようにする。

イヨの知識でそれが薬草だったり毒草だったりするのがわかる。鍛冶場までの道すがら、薬草だけを摘みながら歩いていく。小さい頃からドワーフの子供のする、ちょっとしたお小遣い稼ぎだ。



「お、イヨ、どうした? 」




道の途中で三男シンに出会った。

シンは父ゲンや長兄カイのように刀を作る職人ではない。魔石や鉱石を加工して日用品をつくっているが、イヨは"発明家"だなんて思っている。

依頼人に頼まれれば、見たことない道具すら作り出しているから。

ドワーフらしくこだわるタイプの道具職人だ。


「カイ兄が御祝いになにか作ってくれるって言うから、刃物を作ってもらおうと思って。小さいヤツ。―――シンちゃんは? 」


「頼まれた品の試作品を見せに行ったけどな、ダメだったわ。作り直しのために鍛治場に帰るとこ。」


シンはたれ目とゲジ眉を最大限に垂れさせて、困ったという表情を作る。でも口元はへらっと笑って八重歯も見えているから、それほど困っているわけではないようだ。

道具に工夫できる余地があるのが楽しいに違いない。

相変わらず職人気質だ。


「ほらコレ。」


「なに? 機械? ちょっと重いけど… 」


「ニゴの実の搾実器。ニゴのお菓子を作りたいって、プリコ製菓店の依頼やったんけど、目が細かすぎだったみたいでな。」


「細かすぎちゃダメなの? 」


「ジュースならいいけど、お菓子だと果肉の食感も必要だってプリコの旦那が言うんだよ。ニゴ特有のツブツブっとした食感が必要なんだって。」


「プリコのおじさんはこだわり強いもんね。」


「ニゴの種がこのサイズだと詰まっちゃうし、果肉のツブツブは通して皮や種は通さないサイズって難しいわ。」


小さいけどそれなりに重量がある機械をしげしげと見ながら、イヨはちょっとしたことを思い付く。


「……シンちゃん、これいらない? 」


「失敗作だからな。必要はないわな。」


「じゃあもらってもいい? これがシンちゃんからのお祝いでいいからさ。」


「えぇぇ? あげてもいいけど…。お祝いは別のもの用意するから気にすんなよ。」


「ありがとー! 」





搾実器を抱き締めたまま、シンと並んで鍛治場へ向かう。

話題は四男リュウのことだ。

成人式で魔女の釜を貰ったが、魔力がそれほどないドワーフのため本来の目的ではなく料理の釜に使っているちょっと変わり者だ。まあ、ちゃんと活用しているとも言えるのだが。


ちなみに、魔女の大釜という分かりやすいネーミングの定食屋を営んでいる。

兄弟の贔屓目がなくても煮込み料理が美味しい店だ。なかなか流行っている。


「最近帰りが遅いよね。閉店時間もっと早いもん。」


「前に帰宅が遅くなったときに店の前通ったが、灯りは消えていたなァ。」


「彼女でもできたのかな? 」


「いやー、アイツに彼女は考えにくいわ。」


「えー、リュウちゃんいつもニコニコして人当たりいいじゃん。モテそうだけどなー 」


「ニコニコってか、ヘラヘラやな。」


「あはは。ヘラヘラかもー? 」


「リュウは人付き合い好きそうに見えて、一人が好きやからなー。小さなバーとかで一人で飲んでるんじゃね? 」


「えー、酔っぱらって帰ってないから違うよー。」


「じゃあ、なにしてんだろーなー。」


「シンちゃん本当に知らないの? リュウちゃんと一番仲良いから知ってると思ったのに。」


「残念ながらね。…ほら、ついたぞ。カイに頼むんだろ。」


鍛治場についたが、なんだかシンにはぐらかされた気がするイヨであった。

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