第3話


イヨは自室のベッドで目を覚ました。




隣の部屋からタエの機織りの音がしている。

いつもの音で安心する。




あの場で気絶したイヨをタエが連れて帰ってくれたのだろう。迷惑を掛けてしまったけれども、仕方ない。


手を伸ばして枕元にある灯りの魔石に触れると、ベッドライト代わりの魔石が白い岩の部屋を柔らかく照らす。今まで自然に行ってきた動作だが、今となっては不思議な状況だ。


電気ではなく、魔力。自然に体内の魔力を指先に集めて魔石に込めていた。それがスイッチになりベッドライトが明るくなる仕組み。LEDとも蛍光灯とも違う灯りがそこにはあった。


チラリと目をやると、ライトの横には巫女様から贈られた鏡が置いてあった。




「マジかぁ、、、」




鏡で自分を映すと、紛れもなくドワーフが映っている。




―――典型的なドワーフの姿。




硬そうな緑色の肌に深緑色のごわごわした髪の毛。眉毛も髪の毛と同じようにごわついて、ふっさふっさと存在感を主張していた。


そういえば、母タエもよくみると女だと言うのに頬から豊かな毛が生えていて、お出掛けの際には三つ編みにしていた。


ノマのお母さんも眉毛が繋がっていたし、ドワーフの毛は男女問わず濃いようだ。


ヒューマンの観光客がドワーフはみんなおじさんに見えると言っていたが、本当にその通りだった。


男も女もなく、とにかく髭がふっさふっさと生えている―――それがドワーフであった。






「前はそれでも美人とか可愛いとかって言われてたのに。生まれ変わってこれって、、、あんまりだぁ」




イヨは両手で顔を押さえて、しくしくと泣きはじめた。






―――鏡で自分の顔を見た衝撃で、前世を思い出してしまったのだ。








地球の日本と言う国で女子大生をしていた、何の不自由もなく過ごしていた幸せな前世。


小さな不満は、そりゃたくさんあったけど、平和で便利な世界。


関東近郊自宅住みで、電車で都内の、有名じゃないほどほどの大学に真面目に通学して。


やりたかった好きなブランドのショップ店員にはなれなかったけど、先輩や仲間には恵まれた居酒屋でバイトして。


ハイブランドの洋服は買えなくとも、大学生にも手が届くプチプラな服を吟味して身につけて。


2回だけ、モデルのスカウトにも声を掛けられたこともある。


それほどモテはしないけど、普通に彼氏もいた。




バイト代貯めて定期的に南青山のサロンでカット&トリートメントしてサラサラにしていた髪の毛は、なぜこんな剛毛に変化してしまったのか。




もうあの髪の毛をなびかせることも出来ないんだなあ。


死んでしまった…みたいだけど、どうして死んだのかは思い出そうとしても記憶に靄もやがかかったように思い出せない。




「苦しいとか、痛い記憶がないのは不幸中の幸いなのかな」




イヨは自分のカラダも見下ろした。


思い出す体型とは全く違って戸惑う。




身長も165センチで比較的長身で、それなりに食事に気を付けたり夕方に愛犬の散歩で走ったりしていたスレンダーだった身体も、ドワーフとなった今はずんぐりした体型に。たぶん120センチ程度しかないし、太っていると言うより骨太ほねぶとでがっしりしていて、ダイエットしてもあの頃のようにはなりそうにもなかった。




短めの手足にはもれなく剛毛がそよいでいる。


結構な剛毛が。


剛毛。


めっちゃ、剛毛。




「毛が、毛が、毛があああああ」




メソメソ泣いていると、いつの間にか機織りの音が止んでいてタエが部屋に入ってきた。








「起きたのね、イヨ。」


「あ、ママ…。ーーーーごめんね、迷惑を掛けて。」




慌てて目を擦って笑顔を作る。


…でも、あまり作れてないかも。


それだけ剛毛のショックはデカい。




前世を思い出したと言ってもあまり鮮明ではなく、今世の生活の記憶の方が新しい。

今のイヨを育てたのはタエという母親だと確信しているからこそ心苦しい。

タエはベッドサイドに座り、優しくイヨの背中を撫でる。

そんな優しい母の顔には、三つ編みにした頬毛が揺れていた。


剛毛そうな頬毛が。




「なんであんなこと言ったのか分からないけれど、イヨは可愛いわよ。」


「あ、あれは。えっと、そうじゃなくて…」


「着物もとても似合っていたわ。」


「うん。それは……ママが、頑張って織ってくれたから。」


「自信を持って。イヨは可愛い私の自慢の娘よ。」




ぎゅうとタエに抱きしめられる。


硬い体毛が少しだけチクチクしているが、母の愛と思って受け止める。



うん。ドワーフの中ではまあまあ可愛い方なのかもしれない。




でも神の箱庭パンゲアでの美の基準を考えても、イヨの前世とさほど違いは感じられない。


ヒューマンの貴族の奥さんはグラマラスな美人が多いし、一度だけみたエルフの旅人はどのドワーフも口をあんぐり開けて見とれるほどの透き通るようなスレンダーな絶世の美女だった。


イヨを猫可愛がりする7人の兄たちですらも、3日3晩はエルフの話題をしていた。


みんな頬毛なんて生えてなかった。


眉毛も繋がってなんていなかった。


腕毛はもさもさなんてしてなかった。


剛毛じゃなかった。


剛毛じゃなかった。


剛毛じゃなかった。






ノックとともに父のゲンが入ってくる。


こちらは剛毛どころか毛むくじゃらである。でぃすいずドワーフって感じだ。Google検索したら画像の一番上に出てきそうなタイプの。




「起きたか?」


「うん。―――心配かけてごめんね、パパ」




イヨがそう返すと、ゲンは髭だらけの顔をくしゃくしゃにして笑う。


そうしてタエの隣に腰かけると、イヨの膝に置いてある鏡を手に取った。




「いいや―――どう使っていいか難しい魔道具だったからな。混乱しても仕方ないさ。今まで鏡を贈られたドワーフを、俺は知らないからな。」




ゲンは魔道具が鏡だったことにイヨがショックを受けたと考えたようだ。原因が鏡だってのはその通りではあるのだが。






「もう体調も落ち着いたみたいだな。 今日は成人のお祝いだって、リュウとヨシが腕に縒りを掛けて料理を作っていたぞ。」




「カエデからも梟便で海の魚が届いていたから、魚料理だって! 」




「帰ってこれなくても、イヨが海の魚好きだってカエデも忘れてなかったな。」




「もちろん、デザートにはイヨの好きなローストアーモンドもあるわよ。」




「ローストアーモンドか! 蜂蜜酒ミードも出して欲しいな! 」


「あなた、蜂蜜酒ミードは昨日仕込んだばかりだからまだ出来てないわよ。イヨの成人祝いなんだから、お酒はなしよ?」




「ええええ、、、」




いつもの夫婦のやり取りに、イヨも思わず笑ってしまう。




「パパ、ママ、ありがとう。もう大丈夫よ。」




「お、笑ったな! イヨは笑顔が一番可愛いからな。」




「そうよ。イヨは可愛いわよ。」






イヨには鏡に映る自分が到底可愛いとは思えなかったが、両親の言葉にはウソを感じなかった。


親にとってはどんな不美人も可愛い娘なんだろうな、と思う。前世の親も同じ事を言ってくれた記憶も微かにある。生まれ変わっても親には恵まれているらしい。




イヨは気を取り直し、意識して明るい声を上げた。








「カエデ兄ちゃんは今どこを冒険してるの? 」


次男のカエデはドワーフに珍しい杖の魔道具が贈られ、得意の魔術を生かして冒険者として世界各地を旅している。


忙しくて帰省出来ないようだが、可愛い妹の成人は忘れていないようだった。




「獣人国のダンジョンだってさ。手紙が入っていたぞ。」




「リビングに荷物が置いてあるわよ。魚以外にも色々入っていたから、見に行きなさい。」




「何が入ってるかな…! 楽しみ! 」




「リオとヨータも採掘からいつもより早めに帰宅していたぞ。」




「何故かずぶ濡れで、くしゃみ連発していたわね。せっかくのお祝いの日に何をしていたんだか。」




「今日はヨシも料理するからって二人だけで採掘に行っていたけど、ちゃんとイヨのために綺麗な石を取ってきていたみたいだぞ? 」




「さーて、ヨシとリュウばかりに料理させてられないから、私も手伝いしてくるわ。イヨも手を洗っていらっしゃい。」




両親が部屋を出ていくと、イヨはもう一度鏡を覗きこむ。


毛だらけのドワーフが困ったように笑っていた。


生まれ変わってしまったんだから仕方ない。


美人は無理でも、出来る限りの努力をしよう。






―――誰かのためとかじゃなくって、自分が楽しく生きるために。

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