善行本屋

ゆりえる

読みたいならば、その前に……

 読みたい、読みたい、読みた~い!!


 私、袋沢ふくろざわ千八子ちやこは、試験前に限って、憑りつかれたように本が読みたくなる!

 明日から、学年末試験が始まるというのに……


 その読みたい意欲が、何でも対象になっていて、国語とか社会の本の内容とか、楽しくスラスラと頭に入って来るような感じだと、どんなにか有り難いのに……


 私が読みたいのは、そんなんじゃないんだな。

 家に有る本も、頭の中で次のシーンが展開されるってくらいに、何度も読んでしまっているから、興味を引かない。


 あ~、本屋に行って、平積みされた新刊書を手に取って、パラパラめくりたい!

 あの手が切れそうな勢いの紙面を触った時の感触とか、インクの臭いが、心をくすぐってくるんだよね。

 

 だけど、試験前日の大事な時に、わざわざ出かけて、読みたい本を選ぶなんて、そんな余裕は、今の私には、残念ながら、これっぽっちも無い!

 今は、赤点にならないように、試験範囲の山掛けして、詰め込むしかないんだから!


 そうだって、分かっているんだけど……

 どうして、こんなにも読書したくて、読書したくて、気持ちが騒ぐんだろう!

 我ながら、ホントにイヤ!


 試験前で、私が教科書片手に食事しているというのに、フリーターの鬼兄の奴、アニメを音量大にして観ている!


「ちょっと~! 私、明日から試験なのに!」


「食事の時くらい、勉強やめろよ! 息抜きするのも大事なんだ!」


 音量を下げさせたかったのに、却下された。

 仕方ないから、教科書閉じて、さっさと食べて退散しようとした。

 

 そのつもりだったんだけど、気が付いたら、ついアニメに見入ってた!

 だって、なんか許せないくらい、不条理な世界だったの!

 悪がはびこっていて、善人達が足蹴あしげにされまくっていた!


 アニメの中の設定とはいえ、なんかもう後味悪くて、そのイヤな余韻がずっと続いて、尚更、勉強に集中出来なくなった!


 あ~、もうっ!!


 早く読書して、頭の中の悪い余韻を一掃させてしまいたい!

 もう、勉強も、あんな悪が勝つようなアニメの世界も無くなっちゃえ!

 もっと自由に、善人達が楽しめるような世界になるといいのに!


 …………………


「チャコ、いつまで寝てるの? 早く起きなよ!」


 あれっ、私、勉強しなきゃならなかったのに……

 いつの間にか寝過ごしていた?


 にしては、ここ、私の部屋と全く違うんだけど……


 違うどころか、そもそも外だし……

 何?

 この森みたいな、自分に似合わない自然たっぷりの場所は……?


「チャコ、ほら、行くよ」


 私を呼んでいたのは……?


 鳥だ……!?


 ヒヨドリくらいの大きさで似ているんだけど、どうして、日本語を話しているの?

 野鳥って、言葉、覚えられた?

 言葉話せるのって、オウムの類だけかと思ってたのに……


「あの、行くって、どこに?」


「本屋さんに行きたかったんでしょう?」


「本屋、うん、行きたいけど……あなたは誰?」


 というより、って聞くべきだったかな……?


「僕はピータ、本屋に案内するよ」


 案内してくれるのは良いけど、時間かかるのかな?

 私、読書もいいけど、今は勉強しなきゃならないんだけど……

 

 ……なんて考えているうちに、本屋に着いていた!


 すごく大きい!

 今まで行った事の有る本屋を全部足しても足りないくらいの大きさ!

 この中から、自分の好きな本を探すのって、かなり時間かかりそうなんだけど……


「はい!」


「はい……って? あれっ、本!」


 気付くと、私の両手に豪華な装丁をされた本が乗せられていた。

 私、まだ選んでもいないのに、どうして?


「この本は何? 私、色々手に取って選びたかったのに……」


「チャコに、ここの本屋のシステムについて説明してなかったね。この本屋さんは、お客さんに必要な本を選んでくれるんだ。チャコにとって、その本を読む必要が有るって事なんだよ」


 そんな、勝手に選ばれても……

 どんな本を選んでくれたんだろう?


「えっ、これって、中身が白紙なんだけど、どういう事……?」


「あっ、そっか、その事も説明しなくちゃならなかったんだ! ここは善行の国なんだ。だから、読書するには、まずはそれに見合う善行をしなきゃならないんだよ」


 この本の白紙部分が埋まるほどの善行を……?

 そんなの無理だって~!


「それじゃあ、いつまで経っても、読めそうにない!」


「そんな事言ってないで、善行、善行!」


 善行ったって、そうそう出来ないよ~!


…………………


「チャコ、そんなに寝てて、今日の試験、大丈夫?」


 お母さんの声だ!

 なんだ、夢だったのか……


 夢で良かった~!!


 そんな国の住人になってしまっていたら、私、これから永遠に読書なんて出来なさそうだった!

 

 せっせと勉強して、この学年末試験期間が終わったら、好きなだけ本屋に行って、好きな本を探しまくろうっと!


 あれっ、ところで……

 こんな所に、こんな豪華な装丁の本なんて有ったっけ?

 

『中を確認する前に、まずは善行、善行!』


 どこからか、ピータの声が聴こえて来た気がした。 



        【 了 】

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