第24話 国王陛下の罪と罰

 レイルがエイビット王家と出逢ったのは、今から十一年前の一八五四年のことだった。

 その年の春に開かれた欧州国際連盟親睦パーティに初めて参加したレイルは、永世中立区域に集まった四十もの国との交流に、大きな関心を寄せていた。


 中でも彼が注目したのは、欧州国際連盟を立ち上げた十人の王の末裔たちによる大会議――俗に「十王会議」と呼ばれるそれに、レイルは父に頼んで同行させてもらったのだ。



「――北の帝国の進駐より早半年以上。今回は、連盟としての対応策を……」

 レイルが参加した当時の十王会議の中心議題は、昨年始まったクリミアでの戦争だった。

 北の帝国による南進を目的とした侵略に対し、欧州国際連盟は兵を投入。早急に休戦協定を結ぶべく交渉を進めるも、帝国側はそれを拒否し続けているというのだ。

「私は、計画的に敵要塞を打ち砕き、休戦への流れをより明確に作ることを提案いたします」

「……!」

 すると、今後の対応について、誰もが言葉を詰まらせる中、一人の王が立ち上がって言った。

 朝日のような金髪にネイビーブルーの瞳を持つ彼は、エイビット国王ロドル・ロングビウス。これまでも諸国発展のため、意見を出し続けてきた「賢王けんおう」と称される人物だ。

「しかし……今回の戦争、北の帝国を隠れ蓑に、よからぬ連中も動いているとも聞きますぞ。要塞の撃破は賛成ですが、時期は慎重に見極めた方が……」

「ですが、我々がこうして話をしている間にも、兵たちは命を散らしているのです。もちろん、無謀な特攻など論外ですが、民を守るためにも早急に手を打たなければ」

「それならば――」


 エイビット王の発言をきっかけに、それまで沈黙気味だった会議は一気に進展した。

 彼は決して自分の発言には固執せず、各王たちの意見を取り入れながら、世界をより良い方へ動かそうと、様々な提案を進めていく。

 そんな彼の国や民を想う姿勢に、レイルは純粋な憧れを持ったものだ。

 当時アイビア王だった父は、大国であることを理由に他国を見下すような高慢さを持っており、年月を経るたび、目標とすべき人物ではないように感じていた。

 だが、今目の前で議論を白熱させるエイビット王は、自国の発展だけではなく、欧州全体を考えてくれるような、器の大きさを持っている。

 この人のような王になりたいと、レイルは思った。



 そして、その日の夜会で、レイルはエイビット王の家族にも会うこととなった。血を分かつ同盟国として、向こうがわざわざ挨拶に来てくれたのだ。


こんばんはボンソワール。先程の会議ではお世話になりました。今回、私どもの娘を連れてきたもので、ぜひ、ご挨拶をさせてください」

「あぁ……」

 愛想よく声を掛けるエイビット王に対し、父はあまりにもそっけなかった。

 横柄な態度は見慣れていたが、他国の王にもこうだと思うと、我が父ながら恥ずかしくなる。

 だが、それを気にする様子もなく娘を一歩前に出したエイビット王は、

「私たちの娘、シャローナです。さ、ご挨拶なさい」

「はい。シャローナ・ロングビウスと申します。お会いできて光栄です」

 優雅な仕草と共に挨拶を述べた王女は、ローズピンクの瞳を持つかわいらしい女の子だった。

 レイルより二つ年下の王女がいることは噂に聞いていたが、八歳ながら気品溢れる姿だ。

「……」

 だが、そんな王女の挨拶にも、父はただ頷いただけだった。本当にこの人は、他国と交流する気がないのだろうか。


「……こちらこそ、お会いできて光栄ですよ、姫君。並びにエイビット国王様、王妃様。僕はアイビア王国王太子レイル・グリフォートと申します。お見知りおきいただければ幸いです」

「これはこれは。先程の会議にもご出席されておりましたな。お若いのに素晴らしい」


 思わず前に出たレイルの挨拶を皮切りに、両国は少しの間言葉を交わすことになった。

 相変わらず無反応な父にも、何とか場を取り繕おうとする母やレイルにも、エイビット王家は優しく対応してくれた。

 そして何よりこの家族の仲の良さに、レイルは憧れを覚えたものだ。

 レイルの両親は文字通りの仮面夫婦で、母は息子には愛情を持っていたものの、高慢な夫を嫌い、夫婦の責務を果たした後は、カントリーハウスに移っていた。

 そのせいで、王族の結婚に愛はないとレイルは思っていたのだが、エイビット王家を見ていると、その限りでもないような気がしてくる。

 自分が妻をめとるのはまだ数年先の話だが、そのときは仲の良い夫婦になりたいと思った。




 ――それから三年の時が過ぎた。

 エイビット王の姿勢にいたく感銘を受けたレイルは、帰国後すぐに政治の勉強を始め、大臣たちとも密に交流するようになっていた。

 エイビット王への憧れは、あれから一年半後に開かれた同盟国の親睦会でもさらに深まり、彼を見習うように、レイルは父に様々な提案をしたものだ。その度、父は自分を疎ましそうに見ていたが、善良な提案をすることに迷いはなかった。


 そんなある日。エイビット王から一通の手紙を受け取った父は、突然姿を消した。

 王宮にいるはずの騎士たちの姿も幾分少ないようには感じていたが、そのときは、気まぐれな父が兵を連れて趣味の鹿狩りにでも行ったのかと思っていた。

 だが……。


「今回のエイビット王国への進軍はいかがなものかのぅ……」

 それは偶然聞こえた発言だった。

 何気なく城内を散策していたレイルは、困ったように話し合う陸軍大臣と、当時の外務大臣の声を聞いてしまったのだ。

「まったくですな。話によると、かの国の王都は既に壊滅状態だとか……」

「……それは、どういうことだ……?」

 聞こえてきた言葉の意味を理解できず、レイルは、背を向けて小声で話し合っていた彼らに、震える声で問うた。

「こ、これはレイル殿下!」

「エイビット王国へ進軍とは…まさか、父が……!?」

「……っ」


 ことの発端は、数日前に届いたエイビット王からの手紙だった。

 それを見た王は、突然侮辱されたと激高し、かの国の侵略を決意。

 唐突な出来事に大臣たちは戸惑い、反対の声も上がったが、王はすぐさま部隊を集めると、自ら兵を引き連れてかの国に向かったのだという。

 これが今から四日前の出来事だ。


「エイビット王が侮辱? それはありえない。手紙の内容とは、どのようなものだったのだ?」

「それは……」

 手紙には、「最近、東欧を拠点とするある組織が拡大の一途を辿り、一部では既に衝突も起きているようだ。東の防衛に力を入れ、共にこの危機を乗り越えていきましょう」と言った、励ましに似た内容が書かれていたという。

 だが、その言葉はしくも、先日レイルが父に提案した内容に酷似していた。

 国際状況を正確に把握し提案するレイルに、大臣たちは感心の眼差しを向け、王は「余計な発言をするな。お前は父を軽んじているのか」と怒りを露わにしていた。

 このころから王は、のちに命取りとなった病に蝕まれていたようだが、その影響で息子をより疎むようになっていた。

 もしかしたら息子に実権を取られるといった、強迫観念に苛まれていたのかもしれない。


「その内容を見た父が、侮辱されたと激高した……? まさか、僕の発言のせいか?」

「……!」

「父を怒らせた発言と同じ内容の手紙を受け取り、自分が軽んじられていると思った……? 僕が父に配慮しなかったせいで、怒りの矛先を、向けられてしまった……?」

「……殿下のせいではございませんよ」

 苦しさに息を荒げながら問うと、大臣は言葉少なに呟いた。

 それはつまり、自分の予想が当たっていることを意味するのだろう。あまりのショックに眩暈がして、レイルはその場に崩れ落ちた。


 そこから先、レイルを襲ったのは途方もない後悔だった。

 もっと自分が、父をおもんぱかっていればよかったのだろうか。

 善良な提案のつもりが、父の名誉を傷つける結果となっていた?

 そしてエイビット王は、親切にも父を思って手紙をくれただけなのに、自分の発言と酷似していたせいで、怒りの矛先を向けられてしまったのだろうか。

 だとしたらこの戦は自分のせいだ。

 自分のせいでエイビット王は死んだ。

 あんなにも諸国を思いやる素晴らしい王が、親切を仇で返されるなんて……。

 それに死んだのはエイビット王だけではない。優しかった王妃も、活発だった王子も、貴族たちもみんな死んだ。

 そして、凛として優美な姫君は行方不明だという。

 自分のせいだ。

 自分が父の気持ちを分かっていなかったせいで、たくさんの命が散った。

 勝手に良いことをした気になっていた。

 だけど、誰かを思いやってした発言が、結果として悪いことを招くくらいなら、もう何もしたくない。

 ……でも、自分にはこの戦の引き金となってしまった責任がある。

 もう二度と戦争を起こさせないよう、贖罪のため、国のため、父を敬い最善の手を尽くす。

 それが、今の自分にできる罪滅ぼしだから……。




 ――そして、後悔と共に八年の月日が流れた。

 病に侵された父はいつしか死に、レイルは二十歳で国王に即位する。

 それと同時に大臣たちがし始めたのは、迎えるべき妃のこと。

 自分が王である以上、妃を迎えるべきなのは分かっている。だが、誰かを選ぶことで何かの引き金になったら。そう思うと、諸外国が匂わせる縁談話に、興味を持つことは、出来なくて……。


 それから様々な提案の末、自国の貴族から妃を選ぶ案を渋々了承したレイルは、妃候補が集められたあの日、運命キアラに出逢った。

 凛とした優美さ、そして、彼女がエイビット王国の出身かもしれないと言う疑問が、レイルの心を惹いた。

 あのときはまさか、彼女がシャローナ姫だなんて思わなかったけれど、ならばなおのこと、彼女を幸せにするのは自分の責務。


 幸せにしたい、愛している。今では心からそう思う。

 だけど、それを伝えるべき相手は今、ここにいない……。

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