第17話 妃候補たちのカプリッチオ
「あの……本日はどういったご用件でしょうか?」
ヒュウヒュウと吹く風が、キアラの長い金髪とリボン飾りを
そんな夏風が吹く中、キアラは前を行く三人を見つめると遠慮がちに切り出した。
正直、彼女たちに呼び出されて、平穏無事に済むわけがないと心が警鐘を鳴らしている。
「そんなに畏まる必要はないわ。少し腹を割って話したいを思ってね」
すると、不安げな眼差しを向けるキアラに、先頭を歩いていたスセリアが振り返って言った。
彼女を連れたスセリア、ヘレナ、ティニーの三人は今、王都を一望できるような南塔の
「お話、ですか」
「ええ。単刀直入に聞くけれど、あなたは今、レイル様の寵愛を一身に受けている。……違う?」
「……!」
「あの方が期日を提示されてからしばらくが経ったでしょう。なのに、話を聞いたユイリスさんにもノーナさんにも、そして私たちにも彼との関係に変化はない。それなら、あなたには変化があったと思うのが必然じゃなくって?」
射貫くような強い眼差しでキアラを見つめ、スセリアはいきなり本題を提示してきた。
どこか確信めいた光を宿す彼女の視線に、キアラはピクリと反応したが、上手い言葉は見つからなかった。
レイルから妃になるよう求められたあの日以降、確かにキアラは彼との時間を過ごしてきた。
面倒事を避けるため、基本は室内でお話をしていることが多かったけれど、キアラがレイルと一緒にいるほど他の妃候補たちが彼と過ごす時間は短くなる。だけど、こんなにも堂々と問いかけてくるなんて……。
「……」
「大丈夫よ~。私たちは責めているわけでも何でもないの~。ただ本当のことを知りたくて~」
すると、明らかに言い淀むキアラに対し、ヘレナがいつもの口調で言った。
確かに彼女たちの表情は普段と変わらないように見えるし、レイルには何かあれば、自分たちの関係を明かしても構わないとは言われていた。
だが、本気で彼の妃の座を狙う三人に、本当のことを告げるのは、怖くて。
「……そう、かもしれません」
長い長い沈黙の末、キアラは覚悟を決めるとその言葉を絞り出した。
正直、何を言われるか分からない恐怖に、思わず目を
「そ。じゃあもうひとつ聞くけれど、あなたはレイル様をどれほどお慕いしているのかしら?」
「え」
しかし、罵詈雑言の雨霰を予想していたキアラの考えとは裏腹に、あっさりと頷いたスセリアは続けざまにそう言った。
予想外の反応にキアラは驚いたが、彼女はなおも淡々と言葉を続ける。
「あの方に選ばれるのは名誉なことよ。だけど、あなたにその気がないんじゃ、レイル様を苦しめるだけ。あなたの想いは
「……私、は……」
「失礼致します。陛下、
同じころ。
いつものように仕事を
声の主は、規則正しい足音で入室をしてきた、ライアン。
彼は、書類から顔を上げ、何事かと訝しむレイルの前まで急ぎやって来ると、つい先程目にした出来事を不安そうに報告する。
「実は先程、レッグラント嬢をはじめとしたお三方が、姫様を連れ、南塔を上る姿を見かけまして……。私の記憶では、あの方たちは姫様をあまり快く思っておられなかったので、何か、その、胸騒ぎがすると申しますか……」
焦りのまま身振り手振りを交え、状況を報告するライアンに、レイルは一瞬目を見開くと、口元に手を当てて考え込んだ。
彼が自身の護衛よりも、
十中八九、何かを企んでいるであろう気配に、レイルは立ち上がるとライアンを見上げ言った。
「ふむ……念のため、気分転換と称し塔を回ってみよう。ついて参れ」
「はっ!」
「……私は、あの方を愛しております。心を捧げると、決めましたので……」
風の音色に掻き消えそうなほど、小さな声で。
彼への想いを問われたキアラは、わずかに頬を染めると呟いた。
本人がこの場にいないとはいえ、愛を口にするのは気恥ずかしくて。だが、彼女たちを納得させるためにも、愛を語る以外の選択肢はキアラにはない。
「ふぅん。なんだか白々しい言い方ね。まるで自分に言い聞かせているみたい」
「……!」
すると、囁くようなキアラの答えに、スセリアは怪しげな雰囲気で言い返した。
笑みを失くしたその表情はどこか不吉で、思わずキアラの足が一歩後ろに、下がる。
「レイル様は、どうしてあなたを選んだのかしら」
「……っ」
「あなたでなければいけない理由、あるなら聞かせてほしいものね」
そう言って反射的に後退したキアラに、三人はゆっくりと詰め寄って行った。
まるで、そうすることで、キアラを端に追いやっているような妙な錯覚を覚える中、気付くとキアラは、塔を囲う手すりの前にまで追い詰められていた。
この手すりは、キアラの腰ほどの高さしかなく、下手にバランスを崩せば、落ちてしまいそう。
だが、こちらを見つめるスセリアたちは、なおも詰め寄って来て……。
前と後ろに訪れた恐怖に、キアラの心臓が、どきどきと早鐘を打った。
逃げなければ――そう思った、瞬間。
「……っ」
とりわけ強い風が吹いて、キアラの視界が一瞬、金の髪に遮られた。
思わぬ風の強さにキアラは驚いたが、次に目を開けた途端、視界に飛び込んできたのは舞い上がったスセリアの姿で――。
強風によって投げ出された彼女は、手すりを越えゆっくりと、落ちていく。
それはまるでスローモーションのように緩慢で、現実味はあまりにもない。
「きゃああっ、スセリアッ!」
「!」
だが、ヘレナが悲鳴を上げると同時に現実を悟ったキアラは、咄嗟に身を乗り出すと、落ち行くスセリアの腕を掴んだ。
途端、キアラの腕が重みに悲鳴を上げたが、決して離しはしない。
「キアラさん……」
「大丈夫です、落ち着いて私の手を握ってください……っ!」
「っ!」
「どなたか、男の人を呼んで来てくださいませ! 私一人では、この状態を保つのが精一杯。早く引き上げて差し上げないと!」
苦しげに表情を歪め、スセリアに声を掛けたキアラは、続けざまに後ろに向かって叫んだ。
普段ならキアラの訴えになど耳すら貸さない彼女たちだが、流石に今回ばかりは緊急事態。
「わ、私が行きますっ! スセリア様っ、もう少し辛抱してくださいねっ!」
「ぐっ、うぅ……」
慌てたように声を上げ、駆けて行くティニーの足音が去ると、この場に響くのは、風と、苦悶に満ちたキアラの声だけになった。
強い風が吹く度、スセリアは初めこそ恐怖していたが、数分もすると感覚は麻痺してくる。
その代わり、目の前に広がるキアラの必死さに首をかしげた彼女は、やがて、心底不思議そうに言った。
「あなたはどうして、そんなに必死に……? 私が散々邪険にしてきたの、忘れたわけじゃないでしょう?」
「そんなの、あたりまえです!」
「……!」
「人の命は、何よりも尊い。私は、もう二度と、目の前で誰かの命が失われるのは、見たくないの……っ! だから……!」
問答をしているような状況ではないはずなのに、キアラをじっと見つめ問うスセリアに、彼女は立場を忘れて叫んだ。
腕の力は徐々に入らなくなり、これ以上の時間稼ぎはできそうにない。
だが、それでも最後の一瞬まで諦めたくはなかった。
「キアラ!」
「姫様!」
と、そのとき。
キアラの背に届いたのは、レイルとライアンの声だった。
ティニーの報告を受け、息急き切らして階段を駆け上って来た二人は、手すりから身を乗り出し、半分落ちそうなキアラの姿に、ひどく焦った様子で駆け寄ってくる。
そして、彼女を支えながら、ライアンと共にスセリアを引き上げたレイルは、しばし間を開けた後で半分呆れたように言った。
「まったく、お前たちは何をしていたのだ? ともかく、怪我はないな、スセリア」
「うえぇ~ん。レイルさ、ま……っ」
「キアラ、お前は……」
声を掛けた途端、抱きついてこようとするスセリアを華麗に回避し、キアラに目を向けたレイルは、続けざまに問いかけた。
少し離れた位置で両手を見つめていた彼女は、彼の声に慌てて笑みを作ると、
「私は問題ありません。私よりもレッグラント様を気遣ってあげてくださいませ」
「……」
そう言って、平然と自分よりも他を優先させようとする彼女の言葉に、レイルは肩を
キアラに対する愛しさともどかしさに、つい行動が大胆になる。
「お前は本当に、男心が分かっていないな。ほら、その手を見せるのだ」
「きゃっ」
思いのまま後ろから抱くように両手を掴むと、予想通り彼女の手は腫れていた。にもかかわらず、決してそれを見せようとしないキアラに、レイルはもう一度肩を竦め言う。
「まったく。お前はなぜ頼ろうとしないのだ。それとも、私が優しくしたいのはお前だけだと、口で言ってほしいのか?」
「……っ、えぇ、と。その……」
「分かったら医者の元へ参るぞ。駄々をこねるようであれば、このまま抱いて行く」
「抱っ、だ、大丈夫です。歩けます、歩きます……!」
真面目な口調で甘く囁く彼の言葉に、キアラは頬を赤くすると慌てたように頷いた。
他にも人がいる中で、こんなにも堂々とされるのは恥ずかしいのだが、彼女の反応に、レイルは満足したらしい。
「よし。ライアンはここの検証を頼む。第二師団を招集し、安全策を講じるよう指示してくれ」
「畏まりました」
「それと、お前たち。今回はなにがあってこのような事態になったのかは聞かないでおこう。だが、これ以上軽率な行動は慎むことだ。よいな」
そう言って去り際に言葉を残したレイルは、キアラと共に階段を下りて行った。
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