第12話 甘いものはお好きですか?

「れ、レイル様、キアラです。お花を替えに参りました。失礼してもよろしいでしょうか」

「うむ、入れ」


 王宮にある彼の私室をノックすると、いつもの声が返ってきた。

 彼とのデートを終えて以降、こうして部屋を訪れるのがキアラの新しい日課であり、初めて与えられた「側仕え」としての仕事だった。


(毎朝九時にお花を持って行くなんて、なんだかお顔を合わせる機会が増えてしまったわ……)

「今日は何を持ってきたのだ?」

「本日はアルストロメリアを。庭師の方が美しく咲いたと用意してくださいまして」

 心の中のため息を押し殺し、花瓶に向かったキアラは、読書に興じていた手を止め、嬉しそうに立ち上がったレイルに、淡々と答えた。

 今回ばかりは彼の在不在に関わらず行う仕事ということもあり、スセリア達が目くじらを立てなかったのは幸いだが、結局、毎朝顔を合わせている気がする。

 名前でお呼びするのもまだ慣れないし、キアラの気分は朝から憂鬱だ。


「レッイル様~っ! 今日も会心の出来っ★ おやつお持ちしました~っ!」

「!」

 と、そのとき。

 キアラの傍に歩み寄り、赤いアルストロメリアを見ていたレイルは、不意に響き渡った大声にぎくりとした様子で振り返った。

 バターンと遠慮なく扉を開け、部屋に乗り込んできたのは、サフランイエローの髪に、濃い紫色の瞳をした青年。

 青年はパティシエの格好に身を包み、左手に銀盆を持った姿であどけない笑みを浮かべている。

「……おやっ? 口説いてるところでしたか! これは失礼~出直します~」

「待て! 場を散らかしたまま去ろうとするな」

 だが青年は、部屋を見渡したところでキアラの存在に気付いたのか、一礼すると、入って来たときと同じくらい突然に去ろうとした。

 誰とも知れない人物の登場にキアラは困惑したが、一方、慌てて彼を引き留めたレイルは、見たこともないくらい動揺している。

 すると、そんなレイルに、青年はどこか子供っぽい口調で言った。

「えー、だって珍しく口説いてたんですよね? 僕完全に邪魔じゃありません?」

「く、口説いてなどいない! 滅多なことを口にするな、馬鹿者」



「……驚かせてすまない、キアラ。これは私の幼馴染みだ。不審者ではない」

 二人の邪魔をしないよう、淡々と役目をこなすキアラに、しばらくして向き直ったレイルは、そう言って申し訳なさげに弁解した。

 何か気まずいことでもあるのか、彼の表情は複雑だ。

「キアラ様? って、こないだ誕生日バースデーケーキ特注された!? ははーん、そうですか、そうですか~」

 すると、キアラが答えるより早く、彼女の名に反応した青年はにやにやとした笑みを浮かべ、大きな声を上げた。

 どうやら彼は、先日のデートでも裏で関わりがあったようだ。


「ども~。お初にお目にかかります~。イーヴェル・グローと申します~。レイル様の幼馴染みで専属パティシエです★ 甘党レイル様のために日々お菓子作ってまーす」

「おい! 余計なことを言うでない!」

「え? あ。そうだ、レイル様の好き嫌いは極秘事項でしたね。すいませーん」

 柔らかい物腰に大人びた印象のレイルとは正反対の、明るく快活な笑みを浮かべ、青年――イーヴェルは自身をそう紹介した。

 途端レイルはまた焦ったように苦言を呈すが、どうやら二人の関係はずっとこうらしい。

 彼の周りはどうにも彼を振り回す人ばかりいて、さぞ気苦労が絶えないことだろう。

「キアラ、今のはその……」

「お構いなく」

「……」

「お、意外がらない! じゃあキアラ様~、キアラ様はレイル様が両生爬虫類嫌いの甘党で~おまけに変な木彫りの置物収拾が趣味って聞いても引かないですか~?」

 短いやりとりでそれを察しつつ、うっすら同情しながらの塩対応に、話を聞いていたイーヴェルはさらっと全部を吐き出した。

 まるで乙女のような苦手を暴露されたレイルは、すぐさま抗議の声を上げていたが、一方のキアラは最後の単語に引っかかったようだ。


「木彫りの……?」

「これこれ、これです~」

「!」

「ね~。こんなもの寝室とかに並べてるんですよ~。よく寝れますよね~」

 思わずおうむ返しに問うと、彼が勝手に部屋の奥から持ってきたのは、トーテムポールをこけしサイズにしたような、禍々しい装飾が特徴の置物だった。

 確かに、あまり良い印象を与えない置物だが、明らかに苦笑するイーヴェルに対し、キアラが見せたのは驚きで。

「これ……魔よけの置物シャルムドール。懐かしい……」


 実はこの置物は、エイビット王国ではよく見かけた魔よけの置物だった。

 ここから北東の奥地にはが住んでいるとされ、悪い魔が入ってこないよう、十月も終わるころになると家を守るようにして、玄関や窓辺に置く風習があった。

 イーヴェルの反応を見るに、アイビアでは見慣れないものなのだろうし、それをなぜレイルが所持しているかは不明だが、懐かしい代物をキアラは黙って見つめている。


(……懐かしい?)

(何も口にするなよ。おそらく彼女はエイビット王国の出身なのだ)

 と、思わず口にした言葉に首を傾げるイーヴェルに、レイルは表情と身振りだけで答えた。

 それだけで伝わってしまうのは流石だが、驚くイーヴェルに、レイルはなおも言葉を続ける。

(無論、確かめる術はないし、無理強いも気が進まない。だが、だとしたら彼女は人生を狂わされた一人。気遣うのは私の責務だと思わないか?)

(ははーん、やっぱりキアラ様のことお好きなんですね★)

(……好き?)

(え? 嘘でしょ?)

(……)

(はああ~……。ちょっと後で好きの概念おさらいですね)

(む……)


「……失礼いたしました」

 しばらくして。

 無言のやり取りを続けていた二人は、ふと我に返ったキアラの声にとっさに表情を改めた。そのせいでなんだか無駄に背筋を伸ばして直立する感じになってしまったが、キアラは気にしなかったらしい。

 その代り、置物をイーヴェルに返し、置いたままになっていた昨日の花と共に退席を告げる彼女に、レイルはひとつ間を開けた後で言った。


「キアラ。その前に一つ。お前には私の弱みを知られてしまったのだ。全責任がイーヴェルにあるとはいえ、私の情報ばかり開示と言うのも面白くない。代わりにお前の苦手を一つ教えよ」

「え」

 有無を言わさぬ表情でそんなことを言い出したレイルに、キアラは目を見開くと押し黙った。

 今のところそつなく見える彼女だが、果たしてなんと答えるだろう。

「……その、お、お裁縫……」

「!」

「淑女として恥ずべきことだと分かっております……。だ、誰にも秘密です」



 林檎のように頬を赤く染め、もじもじと髪を弄びながら呟いたキアラは、そのまま逃げるように部屋を出て行ってしまった。

 普段あまり表立った表情を見せないこともあり、頬を染める姿はかわいくて……。

「かっわいい~♪ 好きを自覚してないレイル様にはもったいないくらいかわいい~」

 見惚れた様子で彼女が出て行った扉を見つめるレイルに、イーヴェルはわざとらしく言った。

 すると、レイルは真面目な顔で首肯し、

「……む、本当に愛らしい」

「えー、そこまで思ってて自覚なしとか、まぁ、仕方ないですけど。じゃあ、キアラ様への想いを単刀直入に、ハイ!」

「気遣うべき相手だ」

「えー。でも、かわいいとは思ってるんですよね?」

「そう、だな。凛として優美で、愛らしい……」


 やたらと追及してくるイーヴェルの発言に戸惑いながら、レイルは正直に頷いた。

 彼にとって、ここまで素直になれる相手は少ないが、立場を超えて幼いころから共に過ごし、自身の秘密さえ知るイーヴェルは、何でも話せる相手だった。

「なるほど。じゃあ、キアラ様は心惹かれる特別な相手ですね?」

「特別……。うむ。彼女の憶測も含めた生い立ちと優美さには心惹かれるものがある……。傍にいてほしいし、笑顔を見たいとは、思う、が……」

「レイル様~、それもー絶っっ対惚れてますから。さぁ自覚しましょう!」

 戸惑いを滲ませ、それでも心の内を素直に告げるレイルに、イーヴェルは盛大なため息を吐くと、断言した。

 レイルが個人に対して消極的なのは知っていたが、ここまで攻めていて自覚なしには、流石に苦笑を禁じ得ないようだ。


(好き、か)


 すると、心の内を言葉にされたレイルは、思わず頬を朱に染めると窓の外へ視線を向けた。

 出逢ったときからずっと、彼女を気にかけ、妃にする責務があるとは思っていた。

 だけど。彼女を見て、傍にいてほしいと思うようになったのは、いつからだろう? ライアンといる彼女を見て、苦しいと思うようになったのは、いつからだろう?

 あの日を境に、誰か一人を想うなど、もう二度としないと、決めたはずだったのに。

 どうしてこんなにも彼女のことばかり、気にかけてしまう?

 これが恋をするということなんだろうか。


「自覚しました? 告白はいつにします?」

 初めて知る感情に惑いながら、ゆっくりと言葉を飲み込むレイルに、イーヴェルはさらにその先を問いかけた。

 だが、レイルとてこの想いに名前がついたばかりだ。そう簡単に事を運べるわけがない。


「無茶を言うな。キアラはまだ……」

「んー。じゃあ、せめて、今日の夜会で期日を明言するのはどうです? 妃を決める件、まだ正確にいつまでって決めてないですよね?」

「!」

「明言すれば、確実に六分の一になるわけですから、もーちょい意識してもらえるんでは?」

 明らかに狼狽うろたえるレイルに、イーヴェルが提案したのはそんなことだった。

 確かにこの催しが決まった際、従者には半年ほどと言われていたが正確なものは何もない。

 ここらで期日を明言し、意識を高めてもらうのもいいのかもしれないな。

「お前にしては妙案だ」

「でしょでしょ? 流石僕~」


 子供のように笑うイーヴェルに笑みを返し、レイルは心の中で決意した。

 彼女との距離を今一歩近付けるため、まずは期日の提示から始めようではないか。

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