第10話 デートと言う名の災難

「陛下、先日のベルスフ州における豪雨被害に関して、領主方より状況と復興計画書が上がってまいりました。後ほど、お目通し願えますか?」

「分かった。各地で行わせている地代是正ぜせいについてはどうだ? ワントレスの辺境伯が駄々をこねていると耳にしたが……」

「それがようやく折れまして。今週中には是正した地価の報告に参られるとか」

「そうか。これで全国のうち――」

「レイル様!」

「……!」


 執務室にて。

 いつものように大臣方から上がってくる報告書の類に目を通し、従者ドラーグスの補佐を受けて仕事を熟していたレイルは、突然響いた大声に目を瞬いた。

 何事かと思い顔を上げると、そこにいたのは妹分ティニーを連れた、スセリアだ。

 彼女は、仕事を阻害され、やや顔をしかめるレイルに構うことなく近付くと、唐突に言った。


「レイル様に、是非ともお願いがあるのです」

「……?」



(で……)


 ――数時間後。

 お知らせがあるとの報告を受け、妃候補たちと共に談話室へと集まっていたキアラは、ドラーグスから聞かされた衝撃の話に、目を見開いていた。


(でーと……?)

「はい。スセリア様より、陛下と一人ずつご交流の機会を設け、親睦を深めたいとのご提案を頂きました。陛下にも……その、ご快諾いただき、今回、こうして皆様にご報告に参った次第です。なお、順番やプランにつきましては、ご要望を受付けるとのことでしたので……」

 そう言って、ドラーグスは事の次第を丁寧に説明していった。

 どうやら、陛下の執務室に乗り込んでいったスセリアは、より互いを知るためにデートをしたいと申し出、熟考の末、了承を得たということらしい。

 確かに、本気で彼の妃の座を狙うスセリアたちからすれば、デートはいいきっかけになるだろう。もっとも、キアラにとっては迷惑でしかないので、できるものなら辞退したいのだが、これは全員参加型なのだろうか?


「どうよ、私の提案!」

 と、秘かに辞退を狙うキアラの一方、説明を終えたドラーグスが退室した途端、立ち上がったスセリアは、自慢げに腰に手を当てて言った。

 提案を呑んでもらったことがよほど嬉しいのか、彼女はいつにもまして生き生きとした様子だ。

「レイル様とデート! あの方を丸一日独り占めできるなんて、最っ高だと思わない?」

「そうね~。丸一日……プランを考えるのが楽しみだわ~」

「でしょ!? 私が提案したんだから、私が一番先よ! ヘレナは二番目、ティニーは三番目ね。次は――。――よし、決まり! ヘレナ、ティニー、プラン考えましょ」

 うっとりとした顔で同調するヘレナに気を良くしたスセリアは、そのまま勝手に順番を決めると、ティニーと三人でデートプランの熟考に入ってしまった。

 相変わらず、彼女たちは押しが強く一方的。

 えて言葉に出すつもりはないが、レイルが遠巻きにしたくなる気持ちも分かると言うものだ。


「……私たちも、プランを考えましょうか」

「そうですねェ、ノーナ様ァ」

 だが、この程度で動揺していては身が持たないと分かっているのか、ノーナもユイリスも深く追求はしなかった。

 その代わり、プランについて軽く話すうちに時間は過ぎ、二日後のスセリアから順に、デートが始まる。

 結局、この日のキアラは発言を慎んだまま終わったが、正直、順に回って来るデートなど、時限式の爆弾をもらったも同然。

 さて、どう切り抜けよう。



「……ようやっと、五人終了か」

 それからの日々はあっという間に過ぎて行った。

 スセリアとのデートを皮切りに、様々な場所へと連れ出されたレイルは、朝早くから夜遅くまでという過密スケジュールに、ハッキリ言って疲れていた。

 もちろん、彼女たちのプランを極力叶えたい気概はあるのだが、朝から分単位のスケジュールをこなした挙句、翌朝まで…なんて希望には、流石に頭が痛くなる思い。

 その辺りは仕事を理由にスルーしつつ、熱狂的候補者三名とのデートを終え、四人目はどうなることかと思えば、ユイリスは緊張故か一時間ほどでダウンしてしまったし、五人目のノーナに至っては、デートと言う名の交戦を申し込まれ、国立闘技場で決闘する始末。

 闘技場を管理しているライアンをはじめとした近衛騎士団・第二師団と、ノーナの希望で観戦に来たキアラが見守る中、一対一サシの勝負と相成ったわけだが、これはデートと言っていいのだろうか?


「……」

 安楽椅子に腰かけ、怒涛の日々を振り返るように思案していたレイルは、天井を見上げると、思わず深いため息を吐いた。不慣れなデートに集中力は散漫となり、ここ数日は仕事にも支障をきたしている。

 この生活に終止符を打つには、早々に誰か一人を選ぶしかないのだろうか。

(だが、心を得ぬまま無理強いするのは気が進まなんだ……)


「お疲れ様です。残りはフェルセディア家のご令嬢のみですね」

 すると、そんな彼を気遣うように、ドラーグスはハーブティーを出しながら言った。

 デートの度、レイルは相手への好意ではなく、疲労ばかりを溜め込んでいるように見えるのだが、この件に関しては口出しをするわけにもいかなくて……。

「そうだな。キアラは結局、何も提案して来なんだ。……予想はしていたが」

「それでは」

「ああ。例の準備を頼む」



(……はぁあ、ついに来てしまったわ。もう本当に…嫌……)


 時限式爆弾デート当日。

 結局、爆弾を処理しきれなかったキアラは、重たい足を引きりながら、彼と共に王宮前広場に来ていた。

 残念なことに快晴の陽気となった今日。石造りの洗練された広場では、市民や商人をはじめとした多くの人々が行き交い、思い思いの時間を過ごしている。

「ふむ、汽車の時間まで今しばらくあるな。少し辺りを散策でもしようか」

 すると、懐中時計を見つめ、時間を確かめていたレイルは、白と薄紫を基調としたドレスにボンネット姿のキアラを見下ろすと、無表情を決め込む彼女にそう言った。

 どうやら彼の中では何かプランがあるようだが、ここにきてなお、キアラは何も聞いていない。

 もちろん、プランを提出しなかった自分がとやかく言うべきではないのだが、予想帰宅時刻くらい把握しておかないと、身が持たなさそうだ。


「あの、陛下。本日はどちらに……?」

「んん? 秘密だ」

 そう思って尋ねると、彼は勿体ぶったように笑った。

 正直、デートを楽しみにしているわけでもないキアラに勿体ぶる意味は皆無だと思うのだが、デートとはそういうものなのだろうか?

「さあ参ろう。まずは駅舎まで」

「……はい」


「おい見ろ。陛下だ」

「まぁ麗しい……お目に掛かれて光栄だわ~」

 勝手が分からない状況に困惑しつつ、誘われるがまま王都ビルスの中心街へと出たキアラは、行き交う人の多さに目を白黒させながら、彼の少し後ろを歩いていた。

 流石、欧州屈指の美青年と名高いレイルは、歩くだけで人々が振り返り、自然と注目が集まる。

 それ自体はある程度予想していたが、業火のような赤い髪をなびかせ、シルクハットを被った美しい国王が護衛もなく現れたと言うのに、皆に驚いた様子がないのはなぜだろう?


「最近はよく、街に出掛けて、市民たちの暮らしを見るようにしているのだ。人を知らねばまつりごとはできぬと、以前ある方に教えられてな」

「それは……とても崇高なお考えですね」

「ああ。私も彼のように良き王になりたいものだ」

 まるでキアラの疑問に答えるように、辺りを見つめながら言うレイルと共に、舗装された石畳の道を、二人は駅に向かって歩き続けた。

 大通りにはお洒落なカフェや花屋、時計屋、帽子屋など様々な商店が立ち並び、華やかなショウウィンドウが目を惹く。

 レイルが王位に就いて以降、所得格差や地代の是正に力を入れ、路上暮らしをするような貧困層を極力出さないよう努力し続けたこの街は、今、とても綺麗に見えた。

(人を知らねば、か。昔、お父様も似たようなことを仰っていたわね。ついて行きたいと言っても、私には絶対に許可をくださらなかったけれど……)


「――ねぇ、レイル様のお隣って、お妃様なのかしら?」

「!」

 街を見つめ、そんな風に思案していたキアラは、不意に届いた話声に気付くと、思わず表情を強張らせた。

 ここまで道行く人々がレイルに見惚れているのは分かっていたけれど、もしかして、一緒にいるキアラも目立っ……?

「ふむ……」

 と、同じように話声に気付いたレイルは、一瞬悩むそぶりをした後で平然と言った。

「デート故、散策も良いかと思ったが、皆に妙な印象を付けてしてしまったかもしれぬな。だが、駅はすぐそこだ。このまま参ろう」

「……っ」

 そう言って、気にした様子もない彼に、キアラは困ると俯いた。

 あれがただの思い付きによる発言だったとしても、妃候補を集め、選考している段階で噂が立つのは大問題だと思うのだが、彼にとっては些末さまつなことなのだろうか。それともまさか、噂が立っても問題ないと思……?

(いいえ、それは悪い冗談にもほどがあるわね。これはただの爆弾デートなのだし……)


「気になるか?」

「いえ、その……申し訳ございません」

「何を謝る? 私は一向に構わんと思っているのに」

 予想外の話声と、彼の態度に頭を悩ませるキアラに対し、レイルは真面目な顔をして言った。

 てっきり、気にすべきではない、という話が来るかと思っていたが、構わない、って……。

「え」

「んん? よもや私が薬指に口づけたこと、忘れていまいな?」

「……っ」


 そうだ。

 嫌すぎて記憶から欠落していたけれど、彼はキアラの左手薬指に口づけるという、この国では求婚に等しい行為を初日からしてきた人だった。

 あれ以来直接的な言葉はなかったし、それを意識しようと思うこともなかったけれど、まさか、彼は本気で自分を妃に迎える気なのだろうか?

 先日の舞踏会でキアラを最初の相手に選んだのも、当たり障りがないからだと勝手に解釈していたけれど、あれも本気で……?


(もしそうだったらどうしましょう……。だ、断固拒否……)

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