第6話 憂鬱なお茶会①

 漠然とした気まずさを連れ、廊下を歩く。

 沈黙の原因は、先程文化省職員が口にした戦の話。

 その「何か」に気分を害したらしいレイルは、あれから一言も話さず、戸惑うキアラを連れている。


「……驚かせてすまなかった」

 するとしばらくして、彼女に視線を向けたレイルは、きまり悪そうな顔で呟いた。

 紳士として王として、軽率に声を荒げた自らを恥じているのか、彼の声にいつもの覇気はない。

 そんな彼の姿に、キアラは少し迷った後で、気遣うように問いかけた。

「いえ。大丈夫でございますか? ご気分が優れないようでしたら、お部屋で休まれた方がよろしいかと存じますが……」

「うむ……。そうしたいのは山々だが、何の説明もせぬまま彼女たちを放置しておくのも忍びない。せめて、冒頭だけでも参加しよう」

「ご無理なさらないでくださいね」

 そう言って静かに告げるキアラの気遣いに、レイルは笑むと、隣を歩く彼女を見つめた。

 キアラは、自分の声掛けに対し、良くも悪くも常に平静を崩さない唯一の存在だ。

 それを少しもどかしいと思うこともあるけれど、こういうときに限っては、平静でいてくれるのはありがたい。

 もっとも、普段はもうちょっと笑顔を見せてくれると嬉しいのだが……。


(……どうしましょう。このままでは会場に着いてしまうわ)

 秘かにそんなことを思うレイルの一方、彼に付き従うように庭へと出たキアラは、穏やかな陽光と風を感じながら、今になって困ったように俯いた。

 状況が状況だったとはいえ、このままでは会場である中庭に陛下と並んで現れることになる。

 ただでさえ、変に目を付けられたくないと試行錯誤をしていたのに、この展開は正直言ってよろしくない。

(でも、今さらお傍を離れる口実が……)


「……キアラは、ジャックバード公とは親しいのか?」

 と、心の中で葛藤するキアラに対し、彼女を見つめていたレイルは、ふと思い出した顔で問いかけた。

 彼の口ぶりは何気ないが、なんとなく二人の関係性を気にしている風にも見える。

「え?」

「いや、随分と親しげに見えたのでな」

 だが、考えに耽っていたせいで彼の変化に気付かなかったらしいキアラは、言い訳のような彼の言葉に気付くと、慌てて言った。

「そ、そうですね。私にとっては数少ないお友達です。養女が公爵様の姫役だなんて、滑稽こっけいかもしれませんが……」

「友か。ならば……。む、段差に気を付けよ」

 そう説明するキアラに、何かを返そうとしたレイルは、道先の段差に気付くと何気ない仕草で手を差し出した。

 話の途中でも無意識に女性を気遣う辺りは流石紳士だが、この状況を誰かに見られていたらと思うと落ち着かない。

「畏れ入ります」



「あら嫌だ~。随分遅いと思ったら抜け駆けかしら~?」

「!」

 彼の手を取り、先に見える薔薇のアーチを視界に入れながら不安を過らせた、矢先。

 含みのある口調で野次を飛ばしてきたのは、赤茶色の巻き髪が印象的なレイルの従妹・ヘレナ・アラジアータ。

 何かにかこつけてはキアラを邪険にする筆頭で、正直見つかりたくない相手だ。

「ふん。これだから嫌ね、養女はしつけがなっていなくって!」

「ほんとですね、スセリア様っ!」

 すると、刺すような目でキアラを睨むヘレナに合わせ、初日から押しの強いスセリアと、彼女の妹分でもある公爵令嬢ティニー・ブラストンが大きな声で野次を続けた。

 こちらもキアラを邪険にする側で(以下略)なのだが、下手な弁解は火に油を注ぐだけ。早急に謝意を示し、この場を離れさえすれば、彼女たちの興味はレイルに移るだろう。

 これまでの経験から瞬時にそれを察したキアラは、おもむろに優雅なカーテシーをしてみせた。


「遅くなりまして申し訳ございません、皆様」

「……いや、私の我がままに付き合わせたせいだな。すまないキアラ、楽しかったぞ」

 と、美しい仕草で謝意を示すキアラに、それまで両者のやり取りを見ていたレイルが助け舟を出すように言葉を続けた。

 陛下自ら声掛けしたと印象付ければ、これ以上彼女に文句を言う者もいないだろう。

 ついでに、彼としても苦手な親族たちの気を削ぐ目的もあったのだが、

「とんでもございません。失礼致しました」

 すぐに気をまわして合わせてくれるキアラを見ても、彼女たちに諦めるという概念はないらしい。

 その証拠に肩をすくめたヘレナは、わざとらしく困った顔で言った。

「また揶揄からかっていらしたのね、レイル様。そんな子より、早く私たちとお話ししましょ~」

「……」


 彼のキアラに対する声掛けを「揶揄い」と決めつけて認めようとしない彼女たちの言葉に、レイルは一瞬消えかかっていた憂鬱の復活を感じながら、一先ず茶会を始めることにした。

 設置された円卓には既にたくさんのお菓子が並び、レイルの声掛けに合わせ、給仕たちが淹れたての紅茶を運んでくる。


「陛下と並ばれたお姿、素敵でしたわよ、キアラさん」

「……!」

 その隙に彼の傍を離れたキアラは、会場の端で今度はノーナに声を掛けられた。

 彼女は、お茶になんか目もくれずレイルを囲みだす熱狂的候補者たちとは違い、節度を保つ侯爵令嬢ユイリス・ルッカと共にお茶を楽しんでいたようだ。

「ノーナ様。度々のお気遣い痛み入ります」

「陛下とお二人でお散歩かしら?」

「いえ、会場に向かう途中で偶然お会いしまして……」

 笑顔で声を弾ませるノーナに、キアラは首を振ると不慮の事故を説明した。

 彼女の中では何か明確な理由でもあるのか、初日以降もなんだかんだと援護射撃をくれるノーナは、キアラがレイルの傍にいる度、こうして嬉しそうに笑ってくれる。

 もっとも、彼女の感想にキアラ自身は動悸がして落ち着かないのだが……。

「でもォ、陛下と二人きりであんなに堂々とできるなんて、キアラさんはすごいですねェ」

 と、苦笑を見せるキアラの心情など知る由もなく、話を聞いていたユイリスは、独特な口調で率直な感想を告げた。

 キアラにとっては、関わりたくない相手であること以外、何とも思っていないからこその平常心なのだが、どうもそれが裏目に出ているようだ。


「――でェ、そのときは陛下とお話させていただいたのですが、緊張しましたァ」

 だが、養女であるキアラに対し、分け隔てなく接してくれる彼女たちを無下にすることもできず、結局、その場に留まることになったキアラは、「これまで陛下とどんな話をしたか」で盛り上がらざるを得なくなってしまった。

 彼女たちは他三名と比べ、積極的にレイルと話すことはないし、ノーナに至っては「未来の王妃様とよい関係を築くために来た」などと公言し、既に自身が妃候補であることをほぼ放棄している始末だ。

 そんな風にはっきり物言いができるノーナを、キアラはちょっとだけ羨ましいとも思ったが、養母ははの手前、放棄それを実行することはできない。


「……だからキアラさんや、あちらの皆様方はすごいなァって思いますゥ」

「あちらは皆陛下の幼馴染みですもの。でも、キアラさんは顔合わせときが初対面だったのよね?」

「ええ、一応……」

 結果、盛り上がると言ってもユイリスの話をノーナと二人で聞く側になっていたキアラは、不意に彼女の眼差しに気付くと、嫌な予感を募らせた。

 これは間違いなく、次はキアラが何か、彼との思い出話をしなければいけない雰囲気。だが、彼の声掛けを可能な限りあしらい続けてきたキアラに、話せるようなことは何もない。

(どうしましょう……)

「わァ~、初対面で陛下の目に留まるなんてェ~。キアラさんは、なんだか高貴な雰囲気をお持ちですものねェ」

「私もそう思いますわ。ぜひキアラさんのお話も聞かせてくださいな」

「……っ」

(どうしましょう……っ)


 そう思っていた矢先の展開に、キアラが視線を彷徨わせる――その少し後ろ。

 テーブルを囲むようにして話をしていた彼女たちのもとに、一人の給仕がやって来た。

「……」

 どことなく気弱そうなその給仕は、ひとつの銀盆にティーポットや複数のカップ、ソーサー、さらにはマカロン、ケーキ、クッキーまでをも乗せ運んでくる。

 カタカタと小さく震える銀盆は、明らかな重量過多だ。

 だが、貴族たちにとって影同然の給仕を、そのときは誰も気にしていない。


「あっ」


 と、慎重に歩みを進めていた給仕は、キアラを目前によろめくと危険な声を上げた。

 そして、何事かと視線を向ける彼女の目の前に、傾いた銀盆が映る。

「!」

 それは、ゆっくりとスローモーションを描くように宙を舞い……。


 ガッシャーンッ!


 不意に響いた陶磁器の音に、会場中が静まり返った。

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