珈琲の森

 芳しい香りにつられて、ずいぶんと街から離れてしまった。徐々に道が悪くなっていき、街灯も少なく、暗くなっていく。建物の代わりに木々が増え、オオカミの遠吠えが聞こえ——。

 そう、迷った。どう考えても、俺は迷子だ。

 引き返すべきなのだろうが、この誘惑に耐えられない。というか、どうせここまできてしまったのだから、もう香りの正体を確かめてから帰るべきなのではないだろうか。


 目の前に広がる深い森。どうやら、香りの発生源はこの中だ。

 固唾を呑み、足を踏み入れる。


 そこは珈琲の森だった。

 珈琲豆が、そのまま実っている。俺は珈琲に詳しくないのでよく知らないが、これは、本来このまま実っているものではないのでは。


 豆から漂う、芳しい香り。街まで俺を誘いにきた香り——。

 かなり強い匂いでないとおかしいが、これだけ豆に囲まれていても心地良く感じる。それほど強い匂いではないようだ。


「ヒヒ、気に入ってくれたかい?」


 森の奥から声がする。暗くて、声の主はよく見えない。が。


「ここはね、アタシが作ったんだよ。アンタを連れてきたのもアタシさ」

「——あの、あなたは?」


 声の主がケケケと笑う。


「わからないのかい?魔女だよ」

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