第2話 唇を尖らして。次に、顎を引いて。


 顔色を赤く青く変えながら、男子を見上げるはな


(……正面から見たら、もっとカッコイイ。こんな人、彼女さんがいるの当たり前だよ。でも、私……私……)


 自分が、思った以上にダメージを受けている事に気付いて、華は狼狽うろたえた。

 知らず、夢を見ていた自分に愕然とした。



 いつか。


 いつか、もしかしたら。


 本屋で出会ううちに、挨拶をするようになったり。

 いつしか、世間話をするようになったり。

 連絡先を教えて、電話やチャットで話したり。

 並んで、歩いたりして。


 そんな『もしも』を心で思い描いてはいなかったか。

 その先にある、未来も。

 華は自分の夢見加減に唇を噛んだ。


 そして。


 自分の恋が終わってしまった事を華は、こんなに好きだったんだ、と気付いてしまった。


 何一つ、できないままに。

 気持ちだけが。


 好きだという気持ちだけが。

 どうしようもなく、ここにある。

 

 ダッフルコートの胸元を、ぎゅう!っと握りしめた華は、チャラ寄りのチャラ男子、友塚隆太ともづか りゅうたと華自身さえ予想もしない動きを見せた。



「顔色けど……大丈夫?具合、悪いの?飲み物とか、いる?」

 

 華と向かい合い、遠慮がちに心配そうに様子を伺いながら話しかけた隆太。

 ふるふると首を振った華は。


 とて。

 とて。


 隆太に向かって歩き出した。


 ゆっくりと。

 大切なモノを噛み締めるように。

 隆太の足元を見ながら、進む。


 一歩。

 また、一歩。

 少しだけ躊躇いつつも、もう一歩。


「あ、え?あの……どうしたの?えっと……」


 問いかけと同時に、華は小さいあゆみでピタリ、と動きを止めた。

 隆太は、大きく手を伸ばせば触れられるまでに近づいた華に焦りまくる。


(目の前まで近づいてきた?!お、俺、どうしたら。いや待て、落ち着け)


 予想外の展開に、どう反応していいかわからずに立ちすくんでいると、俯いている華の唇が動いた。



 赤い、色鮮やかな薄めの唇が尖った。




" す "




 すぐに、あごを引くように唇を開く。




" き "




 ひと言も喋らずに、華はニッコリ!と顔を上げた。

 

 だが。

 その可憐な笑顔に高鳴る胸を押さえつつも、『聞き逃した!』と勘違いをした隆太は慌てて聞き返した。


「今、なんて言ったの?ごめん!今、聞き取れなく、て?…………!!!」


 そして、絶句した。

 にっこりと笑顔を浮かべた華の目元から、涙が零れ落ちたのだ。



「…………!!!」

「ま、待って!」


 慌てて背中を向けて階段へと駈けだす華と、後を追った隆太。


 ここでも華は、予想外の動きを見せる。

 階下の出口へと向かわずに、上りの階段を目指して走っていく。


「ちょっと待って!ねえってば!」

「…………!きゃ?!」


 止まってもらおうと手を伸ばす隆太の前で、涙で歪んだ視界を手でぬぐい、上り階段の一段目に足を引っかけた華。


「きゃああ!!」

「うおおおおお!!!」


 華のピンチに、隆太は必死で手を伸ばした。



【続く】

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