行きつけ【KAC2023/本屋】

湖ノ上茶屋(コノウエサヤ)

第1話




 本を買うならここ、と決めていた本屋に、しばらくの間行くことができなかった。

 腰をやってしまったのだ。

 幸い、全く動けないわけではなかったが、自分が“行動すること”に振れるパワーは全て生活に注がなければならなくなった。

 本がなくても生きていけるが、飯を食わなきゃ死ぬからだ。


 ようやくいつも通りの生活を取り戻す。

 真っ先に行くと決めたのは、行きつけの本屋だ。

 別に何か欲しい本があるわけではない。

 ただ、一期一会を求めて向かう。

 そこで出会った一冊に溺れる。

 幸せにまみれる。


 最近は人が少なく静かなイメージだったが、久々訪れたそこは賑やかだった。

 私が布団にくるまっている間に、本の世界が盛り上がったのか?

 そう考えると、心が弾んだ。

 トン、トン、トンとバスケットボールと戯れるように、歩みを進める。

 すると、ふと、白い紙に黒い文字が並ぶ、掲示物が目に入った。


 ――閉店のお知らせ


 今月末、閉店することになったと書いてある。

 店内をぐるりギャロップで進むと、閉店セールのコーナーがあった。

 本は大して安くなっていなかったが、知育玩具や文房具は半値にされるなどしている。

 なるほど、だから、客が多いのか。

 なんだ、本の世界が盛り上がったわけではないのか。


 空気の抜けたボールは跳ねない。

 重い足取りで進む。

 気分が沈めば感度は落ちる。

 どの本にも、ときめかない。


 永遠などないということくらい、わかっているつもりだ。

 けれど、ここはずっと本屋であり続けると思っていた。


 ――いっそこれからは電子書籍にしてしまおうか。


 いや、ダメだ。

 私はこの棚と台が並ぶ空間に埋もれている物語との、運命の出会いを求めている。

 画面をスクロールした先にある情報ではなく、それぞれが放つ魅力を受け止めることから、私の読書は始まるのだ。


 今更、ここで本を買い漁っても、ここが閉店するという未来は変わらない。


 だが、次の行きつけは、永遠に――。


 

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行きつけ【KAC2023/本屋】 湖ノ上茶屋(コノウエサヤ) @konoue_saya

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