町の小さな本屋

北きつね

届いた本


 僕の借りた部屋の近くに本屋がある。老夫婦がやっている小さな本屋だ。


 僕は、その本屋に行くのが好きだ。


 帰りに立ち寄って、本を物色する。

 既に、本の位置を覚えてしまっている。それほど、本の入れ替えは少ない。


 でも、綺麗に本が並べられている。掃除が行き届いているのか、棚も床も綺麗だ。


「おや?今日も来たいのかい?」


 今日の店番は、奥さんの方だ。


「はい。こんにちは」


 雑談をしてから、今日発売の週刊誌を購入する。


「ありがとう」


 僕は、初めて本屋で本の取り寄せを行う。


「取り寄せをお願いしたいのですが?」


「できるわよ。でも、大きな書店の方が早いし在庫があると思うわよ」


 奥さんの言葉は正しいだろう。


 でも、僕は”町の本屋”に頼みたい。


「重い本なので、近くでお願いしたいのです。ダメですか?」


「そういう理由なら・・・。でも、遅くなってしまうかもしれないわよ?」


「大丈夫です」


 ISBNコードと書籍の名前を伝える。高額な本なので、”先に支払いたい”と伝える。


「時間を貰うかもしれないわね」


「3年後でも大丈夫です」


「そうなの?そんなには、かからないと思うわよ」


 奥さんは笑いながら、前金を受け取ってくれた。

 そして、注文書の控えを僕に渡してくれた。


 奥さんの人柄がにじみ出るような文字だ。書店名や住所まで手書きだ。

 領収書の住所は旦那さんの字なのだろうか?少しだけ癖のある文字だ。


 翌日も、翌々日も、店によって、奥さんや旦那さんと言葉をかわす。


 休日を挟んだ翌週から僕の楽しみは奪われた。


 3か月の月日が流れた。


 僕の家に誰かが訪ねてきた。


 ドアを開けると、どこか旦那さんの面影がある男性が立っていた。


 僕に、綺麗に梱包された本を差し出してきた。

 深々と頭を下げて、事情を教えてくれた。


 梱包の上には、少しだけ癖のある字で、僕の名前が書かれていた。

 店は閉店してしまった。老夫婦は、天国でも本屋を開いているのかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

町の小さな本屋 北きつね @mnabe0709

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ