時代の流れ【KAC20231】

三毛猫みゃー

時代の流れ

 私はカウンターから店内を眺めている。

 そこには空っぽの本棚が並んでいる。

 数日前まではそこにはぎっしりと本が詰まっていた。 


 祖父の時代から続いたこの本屋も今日で閉めることになった。

 この本屋も最初は貸本屋からだったらしい、小説や婦人雑誌にまんが雑誌や単行漫画を読みに沢山の大人や子供が通ってきていたと祖父に聞かされた。

 一泊二日で10円、当日返却なら5円、今で換算すると大体当時の10円が40円から50円と考えると安いのではないだろうか。


 時代は進み経済成長が進むに連れ本は借りるより買ったほうが安いという流れになり、その流れに乗るように販売専門の本屋となった。祖父が亡くなるとその後を父が継いだ。


 私はこの店を継ぐつもりはなく大学を出ると就職をした、バブル時代と呼ばれる頃だった、がむしゃらに働いた、5時から男なんて言葉がテレビのCMで流れているような時代だった、朝から晩まで晩から朝までひたすら働いて夜は接待の連続だったのを覚えている、周りもそうだった日本という国がそうだった。


 だがそんな生活も長くは続かなかった、当たり前の事だが体を壊した。

 気がつくと病院のベッドの上だった、職場で倒れて運ばれていた。

 暫く入院生活を続け退院した時、私はなぜか父の本屋へ足を向けていた、着いた頃には閉店間際でシャッターが半分閉まっていた。


 シャッターをくぐり店の中へ入ると父がカウンター奥に座り雑誌を読んでいるようだった。私の気配に気づいたのか顔を上げて「おー秋則久しぶりだな」と声をかけてきた。


「父さん久しぶり」

「秋則今日は急にどうしたんだ」

「いや、特には……たまには顔を出そうと思ってさ」


 そんな会話から始まり、その後はとりとめのない会話が続いた。


「今日は店閉めて帰るか、秋則また来ると良い」

「ん……、なあ父さん、俺にも本屋って出来るかな」


 私がそう言うと、父は一瞬訝しげな顔を受けべた後笑顔になった。


「秋則が継いでくれるなら嬉しいよ、ここは私にとって思い出の店だからね」


 翌日には退職願を会社に出していた、少しは引き止められるかとも思ったがそんな事もなくあっさり受理された。退職金は思ったより多かったと記憶している倒れて入院したことが関わっていたのかもしれない。


 会社を辞めた後に、父の本屋を継ぐと妻に話したら怒られるか泣かれるかと思っていたが、喜ばれた時は不思議に思ったものだ。理由を聞くと「これであなたと一緒にいる時間が増えるのね」との答えが返ってきた。そして妻も私と一緒に父の本屋で働くようになった。


 数年後にはバブルが弾け世間は不況に見舞われたが、私たちはなんとかやって行けていた。店も本だけではなく近所の小中学生のために文房具なども置くようにしたり色々と工夫もした。


 父が亡くなった後も妻と共に店を続けてきたが、昨年その妻も亡くなった。

 その時点で私は店を畳むことに決めた。

 個人の本屋としてはもう限界だったのもある、少子化の影響でこの辺りは子供がめっきりと減り、店に訪れる客も一週間に一人いるかいないかの状態だった。通信販売の発達と電子書籍の台頭も影響しているのだろう。


 丁度良いことにこの店周辺が再開発地域に入るという事で、ここの土地をそこそこの値段で買い取ってくれるというのも決め手の1つだった。


 私は立ち上がり入口まで歩くと振り返る、まるで走馬灯のように思い出が溢れてくる、妻と出会ったのもこの店だった。


「今までありがとう」


 深々と頭を下げた後店の外に出る。


 ガラガラガラガラと音を立てながらシャッターを下ろす。


 降ろしたシャッターに一枚の張り紙を張る。


 ”閉店のお知らせ” 


 当店は3月1日を持ちまして閉店しました。

 長らくのご愛顧誠にありがとうございました。


 YANAGAWA書店 店主 柳川秋則


 何処にでもあるような小さな本屋、そして何処からもなくなったしまった小さな本屋。もう一度ありがとうと声をかけ、祖父と父と私と妻の思い出の場所に別れを告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

時代の流れ【KAC20231】 三毛猫みゃー @R-ruka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ