化け猫書店の勧善懲悪
金澤流都
猫井書店の店主は猫である
その本屋は、むかしからこの商店街にあって、近所の本好きが集まっては、あの本が面白かった、あの雑誌に載っていたエッセイがよかった、みたいな話をする場所だった。
商店街には大きなデパートもあって、そのデパートにも書店はあったけれど、やっぱりみんなその小さな「猫井書店」に行くのだった。
告白しよう。猫井書店の主、つまりわたしは猫だ。先代も猫だ。先先代も猫だ。
この猫井書店は猫が続けてきた。昔、猫は12年生きればよいほう、と言われていたわけだが、猫井書店の猫主人たちは、9つある命を使って、書店を代々維持してきた。
わたしも今のところ2つ目の命までを使って書店を切り盛りしている。近く3つ目の命に手がつくかもしれない。猫の命は9つあるが、それを使うたびに体力が落ちる。
人間のふりをして本を売るのは、この商店街に住んでいる野良猫を守るため。そして、この商店街を守るためでもある。
デパートの廃業が噂され始めたある春の日、わたしは昼ごはんに焼きそばパンをもぐもぐと食べながら――当然猫には毒なのだが、人間に化けているので食べられる――、猫井書店の売り上げをメモしていた。
読書家の桜井のじっさまが亡くなって、ずいぶん売れ行きが悪くなった。じっさまは「若い人の読むものが読みたい」とライトノベルを好んで読む変わった人だった。大人で経済力があるので、まとめてドンっとレーベルまるごと1ヶ月分買っていくような人だったのだ。
「猫井さんっ!」
お得意様の一人である菅波さんが飛び込んできた。なにやら怖い顔をしている。
「どうされました?」
「デパートの外商のひとが、野良猫をいじめてる」
なんだと?
わたしはのっそりと体を起こし、デパートの裏の路地に回り込んだ。確かに、怪我をした野良猫がいた。わたしが面倒を見て、去勢手術を受けさせた、鍵しっぽのオス猫だ。
「だいじょうぶかい?」
「にゃー」
きょうは一時閉店して獣医さん行きだ。
獣医さんで、重い怪我ではないことがわかり、わたしはそのオス猫を店内に放った。
デパートの外商がそんな悪いことをしたなら、なんとかしなくてはいけない。そう思いながら、近所の中学生が読み散らかしたゲーム雑誌を元の位置に戻したり、漫画のローマ数字に首を捻ったりして、とにかく仕事を続けた。
菅波さんがやってきて、
「ああよかった。そんなに重い怪我でなくて」と、猫をよしよしする。
「デパートの外商には同じ目に遭ってもらわないと」と私が言うと、菅波さんは冗談だと思ったのか、ハハハと笑っていつもの園芸雑誌を買っていった。
その日の夜。デパートの営業が終わるころ、わたしはデパートの社員通用口の前にいた。
猫をいじめる外商には心当たりがある。猫の嗅覚は鋭い。野良猫から嗅ぎ取った匂いで、誰なのかだいたい推理はできていた。
……きた。
くたびれた顔をした、なんでデパートの外商になんかなったんだろう俺、とでも言いたげな若い男。その前に回って、わたしは眼を見開いた。
「ひっ」
デパートの外商が腰を抜かした。おそらく、目の前に巨大な化け猫がいるように見えているのだと思う。そのまま眼を、猫だったころは金色だった眼を、大きく大きく見開いていくと、男は無様に地面に這いつくばった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、仕事でいやなことがあって八つ当たりしてしまったんです」
「どんな理由があろうと、猫を虐待する人間は許さない。わたしはこの商店街の猫を守るものだ」
外商は這いつくばったまま無様に逃げ出した。これで猫をいじめようとは思わないだろう。
その2日後、デパートは閉店セールを始めた。おそらく、外商の言った「いやなこと」というのも、閉店に関わることだったのだろうな、と思いながら、きょうもわたしは入荷した新刊本を平台に並べていた。
シュッとした青年が入ってきた。彼は口をひらいて、
「おれをここではたらかせてください」と言った。
「人間に化けるのがもうちょっと上手くなったらね」と、わたしは返事をした。その青年には、特徴的な鍵しっぽがついていたのだった。
化け猫書店の勧善懲悪 金澤流都 @kanezya
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