KAC2023 つくも神

かざみ まゆみ

つくも神

 ――今日も変わらぬ一日だ。


 埃っぽい店内を見渡し儂は呟いた。

 古書には大敵の西日が差し込まないように東に向けられた入口。日の当たらない奥まで入ってくる客などほぼいない。良くてひと月に一人ぐらいだろう。


 いつもと変わらない顔ぶれが本棚に並ぶ。彼らも長い期間に渡り、新しい買い主を待っている。


 ――儂もその一人じゃ。


 随分と長い年月を生き、様々な持ち主の手を渡り歩いた。空襲による火の手から逃げる際に、儂も一緒に運んでくれた爺様には感謝のしようがない。

 また、解体される家から運び出してくれた兄さんも同様じゃ。


 ――いつ、捨てられても不思議ではなかっただったのう。


 儂が自我を持ったのはいつからだろうか?

 儂らも長く存在すると自我を持ち始めるらしい……。

 この古書店の中にも何冊かおるが、みな大人しく本棚の中で新しい主人を待ちわびている。


 ――じゃが、儂は違う。


 夜も更け、人間たちが寝静まると、ここから飛び出し店の中を自由に飛び回る。

 色褪せた装丁を鳥のように羽ばたかせ飛びたつ。


 ――床に落ちているだけだと? 失礼な。誰だいま言ったのは?


 確かに、たまに疲れて朝まで机や床で寝てしまうこともあるが、それは御愛嬌だ。


 ――今日も変わらぬ一日だ。


 この歳になると我々も主人を選ぶことができる。気配を消して存在を見えなくするのだ。

 例えば、いま店内にいる若い二人連れの女性など、儂の主人には相応しくない。こういう時は気配を消して、そっとやり過ごすに限る。


 ――ん? えぇ!?


 楓は古びた本が並ぶ棚から、一冊の古書をそっと抜き出した。

 指先で優しく埃を払い、丁寧にページをめくった。


 そこには昔の庭木や植木の手入れに関する内容が、古めかしい手書きの絵とともに記載されていた。


「楓はなんの本を見ているの? えっ、植木の本……。 そんなオジサンの趣味有ったの?」


 楓の手元を覗き込んで小夜子は嘆息をもらす。


「別に私の趣味じゃないよ」


 楓はケラケラと明るい笑い声を上げる。


「私のね。故郷は江戸時代から植木とか庭木の育成や販売が盛んで、おじいちゃんに買って帰ったら喜ぶかなって思ってね……」


 少し上方を見つめる彼女の脳裏には、郷里の家族の顔が浮かんでいるのだろう。


「私なんて趣味の本ばっかり買ってて……、なんかゴメン」


 小夜子の手には中世の魔術百科と書かれた、古めかしい本が握られている。


「もう、なんで小夜子が謝るのよ〜。 古本屋で趣味の本を探すのは当たり前でしょ。小夜子のそれも立派な趣味よ」

「ありがと、楓。じゃあ、お会計して帰ろっか?」

「そうね。もう夕方だし、晩御飯食べて帰ろうね」

「さんせーい」


 楓の手には件の本が握られている。


 ――まぁ、良いか……。これもまた本生ほんせい

 つくも神がボソリと呟いた。

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