第37話 エピローグ 須崎の場合

「今日もいい天気だ」


 日本橋の高層ビルに阻まれて、ほとんど見えない空を喫茶店の二階の自室の窓から見上げながら、須崎はそう独りごちる。

 須崎の朝はあまり早くない。日がすっかり上ってから起きると、のんびりと準備をして、それから店を開ける。周囲の店が時間通りに開き、客を呼び込むためにさまざまな努力をしていることくらい、須崎にだってわかっている。だがあえて、須崎は自分のスタイルを崩そうとしなかった。

 誰も彼もが時間に追われ、人目を気にし、あくせくと動くこの場所で、一軒くらいのんびりゆっくりとしている店があってもいいじゃないか、と思っている。きっと日本橋を行き交う人々だって、肩の力を抜いてくつろげる場所を欲しているはずだ。だから須崎はあえて、開店当時から変わらないスタンスを貫いているのだ。

 人というのは自分でも気がつかないうちに、自分自身を追い込んで、時にはどうしようもなく苦しくなってしまうものだから。色々なものに気を使い、息ができなくなるその前に、自分を労って欲しい。日々頑張っている自分を褒めてあげて欲しい。そうしてまた現実に立ち向かう力が湧くならば、これ以上に嬉しいことはない。

 喫茶店をやっていると色々なお客が訪れる。

 年齢も性別も職業もバラバラな人が集い、妙な連帯感が生まれたりするのを見ると須崎は嬉しくなってくる。


「今日は誰がお越しになりますかねぇ」


 最近よく来る常連たちの姿を思い浮かべながら、須崎は一人くふふと笑う。

 最近タバコが減った大吉さんだろうか。それとも友達と仲良くしている江藤さんか。口調が特徴的な治部良川さんかもしれないし、胃の痛みが減った竹下さんかもしれない。高木さんが来る可能性だってありうる。もしくは新しいお客様かも。

 誰が来てもいいように、須崎は変わらずこの場所で店を開き続ける。


「今日もいい日になるといいですねえ」


 疲れた人にひとときの癒しを。

 

+++

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ねこ店長の喫茶店 佐倉涼@4シリーズ書籍化 @sakura_ryou

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