第27話 大吉の場合

 大学校内でチャイムが鳴る。一斉に筆記用具をしまう音がした。

 大吉は鞄にノートをしまいつつ、今日の夕飯何にするかなと考えていたところで声をかけられた。


「大吉ーっ、今の講義のノート見せてくんない?」

「あぁ、ええよ。はい」

「サンキュー。大吉のノートめちゃくちゃ見やすいから助かるぜ。あの先生、スッゲェ字汚いからさぁ」


 そう言いながらノートを見返すのは、同じ薬学部に在籍する学友だ。そうしているとその友人たちもが集まって来る。


「何、何。今の講義のノート?」

「めっちゃわかりやすくまとまってるじゃん。俺にも見せてよ」

「あーっ、いいなぁ、あたしにも見せて」

「どうぞ」


 大吉のノートを学友たちが取り囲む。


「大吉、今日講義終わった後、暇?」

「ああ」

「じゃあ一緒にメシ行こうよ」

「行く」


 大吉がこくりと頷くと、学友たちがにかっと笑う。


「大吉って入学からずっとスッゲェ近寄り難い雰囲気出してたけど、最近変わったよな。なんかあったの?」

「せやなぁ」

「喋り方も関西弁になったのなんで? イントネーション変わったよな」

「俺、大阪出身やねん」

「そうなんだ? 俺は兵庫だから近いな! 関西出身同士、よろしくな」

「あたしは滋賀だよ」

「俺は群馬」

「私は神奈川」

「バラバラやな」

「次の講義あるから移動しようよ」


 学友たちに囲まれて、大吉はノートを回収して席を立つ。

 大吉の生活は変わった。

 喫煙回数が激減して、喫茶店にしょっちゅう顔を出すこともしなくなった。今では一日一本吸うだけにとどめている。

 代わりに大学内に滞在する時間が長くなり、そうしたら同じ学年の人々と話すようになった。話してみるとなかなか楽しくて、大吉は今の生活が気に入っていた。そろそろアルバイトも探そうかと思っている。せっかくならば須崎がやるような、個人経営の店がいい。気のいい店員と常連が集まる、賄いがうまい店はないだろうか。

 ふと立ち止まった大吉は、構内の窓から空を見上げる。

 秋の初めの青空は高く澄み渡っていた。

 ヴーヴーという音とともにバイブが振動し、大吉はスマホを取り出した。

 誰からなんの連絡やろうかと思えば、そこには治部良川の名前があった。

 書いてあった内容は、ごく短い。


『明日、久々にみんなで集まらねえか?』


 メッセージを読んだ大吉は、思わず口の端を持ち上げて笑う。『OK』とこれまた簡潔な返事を送った大吉は、ポケットにスマホをしまった。


「大吉―っ、何してんの?」

「講義始まっちゃうよー」

「すまん、今行く」


 学友たちに呼ばれて、大吉は歩き出した。


(なあ幸太。俺、立ち止まるのは止めたわ。お前の分まで楽しく生きることにした)

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